"フクと小さなおにぎり" 第1話
「特価品」の札
その猫のケースには、赤い字で「特価品」とかれた札が貼られていた。
い毛に茶の模様が入った猫は、子猫たちのようにね回ることもなく、ケースの隅で体を丸めていた。札の文字が目に入ったとき、胸の奥がし痛んだ。値段をげられているのは分かっていたが、そこにいるのはきている猫だ。そううと、赤い文字から目をそらせなかった。
そのは、妻の由佳と歳になったばかりの娘、ゆいの靴を買いにショッピングモールへ来ていた。ゆいは歩き始めたばかりで、靴を履かせてもすぐ脱ぎたがる。俺の指をつかんで、のをよちよち歩く姿を見ながら、由佳とで「よりく歩けるようになったね」と笑っていた。
靴をて、隣のペットショップのを通りかかったとき、ゆいがぴたりとを止めた。
「にゃあ」
ゆいが話せる言葉は、まだほんのしだった。「ママ」「パパ」「ワンワン」、それから「にゃあ」。猫の絵を見ても、テレビに猫がても、ゆいは嬉しそうにその言葉を繰り返していた。
ガラスケースには、ふわふわの子犬や子猫が並んでいた。通りかかったたちはを止め、「かわいいね」と声をげている。けれど、ゆいが指を向けていたのは、いちばん奥の暗い所だった。
そこにいたのが、あの猫だった。体は子猫よりずっときく、い毛に茶の模様がある。
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ケースの隅で丸くなっていた猫は、ゆいがづくと、ゆっくり顔をげた。
ゆいはガラスにを当てた。猫はそのさなをじっと見つめ、それから隣のケースではしゃぐ子猫たちに目をやった。自分は見てもらえないとっているように、また顔を伏せてしまう。
「この子のことを教えてもらえますか」
俺が員に尋ねると、猫には「フク」という仮の名がついていると教えてくれた。まれてからしがたっていること、臆病で、しいに慣れるまでがかかること。員は申し訳なさそうに話した。
帰り、ゆいは何度も「にゃあ」と言った。買ったばかりの靴を履いて、嬉しそうに歩いているのに、のにはあの猫のことしかないようだった。
に帰ってからも、ゆいは玄関で靴を脱ぐと、俺の顔を見て「にゃあ」とつぶやいた。俺は「また今度、会いにこうか」と答えた。ゆいにはが分からなかったかもしれない。それでも、あのケースの隅にいた猫の目は、俺のかられなかった。