"144枚の給与明細" 第7話
喫茶の密談と名古の
翌の午、俺と藤は駅の静かな喫茶の奥の席で、都自の佐々部を待っていた。
定刻の分、自ドアがき、チャコールグレーのスーツをにまとった佐々さんが姿を現した。旅の疲れも見せず、引き締まった表で俺たちの席へ歩み寄ってくる。
「お待たせしました、宮さん、藤さん」
佐々さんは席に着くなり、内ポケットからい封筒を取りし、テーブルのへ置いた。
封筒のから滑りてきたのは、真しい枚の名刺だった。
『限会社ミヤビ精 代表取締役 藤勝則』
藤が息を呑み、鏡をしてその名刺を凝した。
「……登記簿では元部の名義にして隠していたのに、都自に売り込む段になって、自分の名を表にしてきたのか」
「ええ」佐々さんがく頷いた。「『これからは精密のような古い会社を通さず、私の会社と直接取引していただければ、マージンを抜いてく仕げます』と、得げに語っていましたよ。自分がいかに理な経営者であるかをアピールしたかったのでしょうが……私から見れば、ただの背信為にしか見えませんでした」
佐々さんはアイスコーヒーにもをつけず、姿勢を正して俺の目をまっすぐに見つめた。
「宮さん。
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、あなたが晩寝ずに磨き直してくれた型で、が社は今も毎、何万個という部品を寸分の狂いもなく打ち抜いています」
佐々さんのきなが、テーブルので固く握りしめられた。
「寸法が図面通りに入っていても、プレスの現で使えない型がある。属がき物のように歪み、引っ張られる現の呼吸をっているのは、械の画面を眺めているではなく、鋼の肌を指先でじ取れる職だけです。私はあの、宮さんのその指先から、ものづくりの本当の凄みを教わりました」
喫茶の静かな内に、佐々さんのい言葉が染み渡っていく。
「が社は来、名古の本社の敷内に、体の軽量化に向けた次世代張力鋼板専用の型技術拠点を設します。……宮さん、その拠点の最技術責任者として、が社に来ていただけませんか」
の提案に、俺はわず息を止めた。
「俺が……都自の拠点に、ですか?」
「そうです。最鋭のマシニングセンタをいくら並べても、最のミクロン単位の曲面をわせられるがいなければ、ラインはきません。宮さんには、設備導入から若の育成まで、技術のすべてを仕切っていただきたいのです」
佐々さんはそこで線を横へ移し、藤に向き直った。
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「そして藤さん。あなたにもぜひ、来ていただきたい。技術者が妥協せずものづくりに打ち込めるよう、予算と資材の調達を現目線で支えてくれる管理責任者が必です。精密であなたが藤専務の無謀な送を命がけで止めた話、宮さんから伺いました。数字の向こうにある現を守れるあなたのようなにこそ、この拠点の管理を預けたいのです」
藤は呆然とをけ、それからゆっくりと目元をで覆った。
、経営陣と現の板挟みになりながら、誰にも評価されることのなかった経理としての誠実な仕事。それを、本を代表する自メーカーの品質トップが、しっかりと見ていてくれたのだ。
「……僕なんかで、いいんですか」
藤の震える声に、佐々さんは力く頷いた。
「お揃ってでなければがありません。待遇については、これまでの遇をすべて埋めわせるだけの条件を用しています。宮さんには俸千百万円、藤さんには千百万円を提示させていただきます」
破格の条件だった。
万円ので、爪にをともすようにきてきた俺にとって、それはのような話だった。
だが、それ以に胸をくさせたのは、自分の指先を、そして親友の誠実さを、これ以ない形で認めてくれたことだった。
俺は隣の藤を見た。藤は鏡をかけ直し、をすすりながら、いつもの穏やかな笑顔でさく頷いた。
「佐々部。……ありがたく、お受けいたします」
俺がをげると、佐々さんはほっとしたように顔をほころばせ、俺のを両で力く握りしめてくれた。
「ありがとうございます、宮さん。から歓迎しますよ」
にると、の澄んだ青空が広がっていた。
「引っ越しの準備、変だな」藤が笑いながら言った。「名古にったら、まずは美い焼き鳥を探さないとな」
「ああ。羽先と美い酒で、朝までもう」
で笑いいながら、俺たちは決戦の台となる精密の本社ビルへと線を向けた。
すべてに決着をつけるが、すぐそこまで迫っていた。