みかん小説
本棚

"144枚の給与明細" 第2話

専務の着任との

藤専務がメインバンクから精密業へ送り込まれてきたのは、のことだった。

でく融資審査の畑を歩んできたという男で、仕ての良い価なスーツを着崩すことなく、常にややかな目でを見ろしていた。着任初の全体朝礼で、の職たち全員をにして藤が言い放った言葉を、宮は今でも忘れることができない。

『技術だの職魂だのと、現は甘えたことを言わないでいただきたい。利益をまないこだわりは、ただの無駄なコストです。数字にない価値など、経営はしないのと同じですよ』

その言で、現の空気は完全に凍りついた。汗と油にまみれて図面と格闘してきた職たちのプライドを、平然とで踏みにじるような男だった。

その藤の化けの皮が剥がれかけたのが、着任から半のことだ。

主力取引先である自メーカー『都自』の型向けプロジェクトで、精密が納めた型によるプレス部品に、髪の毛ほどの細い筋状の傷が連続して発するというな良事故が起きたのだ。

傷が見つかったのは、体の装を構成するなフェンダー部分だった。塗装をしてもの当たり加減でうっすらと歪みが見えてしまうため、都自の品質基準をどうしてもクリアできない。

広告

都自の品質管理部である佐々氏を交えた緊急対策会議で、藤は胸を張ってこう言い放った。

『原因は国内の老朽化した型の精度限界です。当社の息のかかったの提携へデータを送り、最鋭のマシニングセンタでから作り直させます。ヶいただければ、完璧な代替品を納入できます!』

その言葉を聞いた瞬、佐々部の顔が激変した。

『ヶだと!? 馬鹿なことを言うな! 型の量産ラインのちげまで、あと週しかないんだぞ! ラインがヶ止まったら、うちの損害は数億円に膨れがるんだ! そんな悠な提案を聞きに来たんじゃない!』

号がび交う会議の片隅で、現責任者として呼ばれていた宮は、何も言わずに良のた部品をじっと見つめていた。

会議が終わったそのの夜、宮は作業着の袖をまくりげ、誰にも告げずに第3ブースの扉を閉めた。

型の図面をに広げ、拡鏡と指先の覚だけを頼りに、鋼の表面を舐めるように調べていく。

原因は、設計データのわずかな曲面のつなぎ目にあった。最の作械であっても、刃物の送りピッチによって目に見えない微細な「段差」がまれてしまう。速でプレスが鋼板を押し込んだ際、その微な段差が板を引きずり、微細な傷となって現れていたのだ。

広告

械で削り直しても、同じプログラムを使う限り同じ傷がる。これを消せるのは、のによる微細な曲面のなじませ作業だけだった。

宮はに毛布を持ち込み、晩、研磨ブースに籠もりきりになった。

事はおにぎりを齧るだけで済ませ、指先の皮が擦り切れて血が滲んでも、油砥とラッピングフィルムを番ごとに替えながら、鋼の表面を撫で続けた。

目の朝。朝がの窓から差し込む、宮が磨き直した型をクレーンで吊り、試作プレスにセットした。

ガコン、とい属音が響き、鋼板が打ち抜かれる。

油を拭き取った部品の表面には、あの忌まわしい筋傷は本も残っていなかった。朝番で駆けつけた都自の佐々部は、来がった部品を抱きしめるようにして見つめ、役員たちが居並ぶではっきりと宣言した。

『藤専務の提案通りへしていたら、が社の量産ラインは完全にんでいましたよ。……宮さんのその指先に、会社を救われました』

役員全員が息を呑む、藤の顔は青を通り越して真っになっていた。着任々、現の職を「コスト」と見した男のメンツは、藤自の目ので完膚なきまでに叩き潰されたのだ。

その、都自は精密業とので、向こうにわたる総額百億円という巨額の取引基本契約を正式に締結した。

ただし、その契約の特記事項には、佐々部のい希望によって、極めて異例の文がき加えられていた。

『本プロジェクトにおける型の最終仕げ程の責任者は宮氏とし、同氏の担当をすは、事に都自の面による承認を得るものとする』

この契約こそが、宮と藤の運命を決定づける楔となったのだった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: