"竹林の向こうの白衣" 第6話
物産展の再会と、運命の救急請
医学部を無事にストレートで卒業し、医師国試験に格した私は、学病院の救急救命センターおよび脳神経科での過酷な初期研修に入りました。
自治医の規定通り、方の基幹病院で働く義務を果たしながら、私は自ら希望して最も過酷な脳神経科のを選びました。 のをけ、脳血管の詰まりを取り除き、命の瀬戸際にある患者を現世に引き戻す仕事。 かつて之内先が「あなた、科医に向いてるわよ」と言ってくれたあの言葉が、私の唯の標でした。
研修医目の、珍しく連続の休をもらえたのことでした。 私は、方都の民会館で催されていた、さな域特産品フェアへとを運んでいました。
施設の職員さんから聞いていた、「放置林の再メンマ」の取り組みがずっと気になっていたのです。 会の片隅に、作りの板を掲げたさなブースがありました。 テーブルのには、透き通るような琥珀に漬け込まれた、国産メンマのガラス瓶が然と並べられていました。
「いらっしゃいませ。どうぞ試してみてください」
ブースの担当者に勧められ、私は爪楊枝で切れのメンマをに運びました。 販の産メンマとはまるで違う、シャキシャキとした瑞々しい歯ごたえと、品な発酵のり。
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「美しい……! これ、本当に本のなんですか?」
「ええ。荒れ果てた林を伐して、翌のにてくる幼を丁寧に乳酸発酵させているんです。を守りながら、美しいものを作る。それが私たちの目標なんです」
担当者ののこもった説を聞きながら、私は嘆の息を漏らしました。 そのときでした。
「すみません、資料をいただけますか」
隣から、く掠れた男性の声が聞こえてきました。 作業着のにジャンパーを羽織り、に分いノートを持った男性が、ブースのにっていました。
ふと横顔を見げた瞬、私の臓がドクンときくねがりました。
し猫背になった背。無精髭のえた顎のライン。 どこか伏し目がちで、自信を失ったその瞳。
(……お兄ちゃん?)
それは、学を追放されて以来、完全に消息を絶っていた兄のでした。 週刊誌で見た姿よりもさらに痩せこけ、すっかり髪の混じったをさく丸めていました。
も私の線に気づき、怪訝そうにこちらを見ろしました。 そして、私の顔を凝した瞬、息を呑んで固まりました。
「……ティアラ……なのか?」
数ぶりに呼ばれた、かつての名。 私はさく息を吸い、静かに首を横に振りました。
「今は、之内子です。……お兄ちゃん、ここで何をしているの?」
は気まずそうに線を泳がせ、に持ったノートを隠すように脇に抱えました。
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「……環境保全の会社で、契約社員として働いてるんだ。放置林をバイオマス燃料や資材として再利用できないか、現の調査を任されていてね」
かつて「ノーベル賞違いなし」と持て囃されたIQ150の才が、にまみれ、さな物産展のブースでな資材調査をしている。 けれど、そのノートにびっしりとき込まれた几帳面なメモを見たとき、私はいました。
虚飾のメッキが剥がれ落ちた兄は、今、ようやく自分ので臭い現実を踏みしめてきているのだと。
私はテーブルのにあった国産メンマの瓶をひとつに取り、兄の胸元へと差ししました。
「これ、すごく美しいよ。荒れた林を引いて、しくえてきたで作ったんだって。 ……ってね、度ちゃんと切って引きをしてあげないと、ごと腐っちゃうんだよ。 でも、切ってあげれば、こんなに美しいメンマになるんだって」
は差しされた瓶を両で受け取り、ラベルの文字をじっと見つめました。 その瞳に、じわりと涙が滲むのを私は見逃しませんでした。
「……そうか。ありがとう」
絞りすような兄の声を聞きながら、私は会釈をしてそのをちりました。 お互いの連絡先も聞きませんでした。 けれど、胸の奥にあったのたいしこりが、ほんのしだけ溶けったような気がしていました。
そして、そのの。 運命の歯が、音をてて激しく噛みいました。
学病院の救急救命センターで当直に入っていた、凍てつくような真の夜。 ホットラインの赤い話が、けたたましいベルの音を鳴り響かせました。
受話器を取った護師が、緊迫した声を張りげます。
「救急隊よりホットライン! 歳男性、脳卒疑い! に自宅で突然の片麻痺と識障害を発症! 血圧百、識レベルJCS桁! 受け入れ請です!」
「受け入れます! 直ちに初療の準備とCTのスタンバイを!」
私はの裾を翻し、救急搬送へとりました。 くから、たい夜気を切り裂くサイレンの音が、凄まじい勢いでづいてきます。
このときの私は、まだる由もありませんでした。 ストレッチャーに乗せられて運ばれてくるその瀕の患者が、に私を奥へ置きりにした、実の父親であるということを――。