"竹林の向こうの白衣" 第3話
を治める、命を治める
い取りで坂を登り、懐かしい施設のをくぐったとき、夕暮れの空が赤く染まっていました。
「ただいま」 誰に言うでもなくさく呟いた私のに、を着た女性がっていました。
巡回診療に来ていた、児科医の之内先でした。 先は私の顔をじっと見つめ、何も詮索することなく、ただ柔らかく微笑んでくれました。
「おかえり、ティアラちゃん」
その言を聞いた瞬、京のえ切ったマンションで凍りついていた私の胸の奥が、じんわりと温かくほどけていくのをじました。
自に荷物を置いたあと、私は吸い寄せられるように裏の林へと向かいました。 ち入り禁止の黄いロープは、に晒されて古び、ところどころ面に垂れがっていました。
は、数よりもさらに密度を増していました。 を衝くように鬱蒼と茂り、太陽のを完全に遮っています。 根元にはが届かず、面は湿り気を帯びて黒く沈み、かつて崩れた斜面の傷跡は、当てもされないままきく広がっていました。
「このままじゃ、また崩れちゃうね……」
私が独り言をこぼすと、背から音がづいてきました。 振り返ると、作業着を着た施設の職員さんが、困ったような笑顔を浮かべてっていました。
「分かっちゃいるんだけどねえ」
広告
職員さんはを掻きながら、い溜息をつきました。
「業者に伐採を頼むと、とんでもない見積もりがるんだよ。かといって放置すれば、いつ砂崩れが起きるか分からない。の持ち主に掛けっても、『もう齢でに入る気力もないから、好きにしてくれ』って投げされちゃってね」
「そうなんですね……」
「誰かがやらなきゃいけないのは、みんな分かってるんだ。でも、誰もおももしたがらない。それが現実なのさ」
誰かがやらなきゃいけないのに、誰もやらない。 職員さんの何気ない言が、私の胸に鋭く突き刺さりました。
増えすぎてを壊してしまう。 入れを放棄され、見捨てられた斜面。 それはまるで、のかかる病な体だからと、奥に置きりにされた自分自の姿となって見えました。
(誰もやらないなら……私がやるになればいいんじゃないのかな)
そのとき、胸のでさな決のが灯りました。 の伐採になろうとったわけではありません。 誰もが面倒がって避けるような所、誰からも見捨てられたの命を、自分ので引き受けて治すになりたい。 病で何もできなかった私が、自分のでち、誰かを救う側に回りたいとくったのです。
そのの夜、私は施設の図に籠もり、に関する分い資料をめくりました。
広告
学、医学部、学費、奨学――。
父や母にをげて、学費をしてもらう気など微もありませんでした。 京のマンションでの両親のたい顔をいせば、頼ること自体が自尊を殺すことだと分かっていました。
資料を何ページもめくったとき、私の指がひとつの制度のでピタリと止まりました。
『自治医科学――学費全額免除。卒業、指定された方の公病院や過疎で勤務することにより、返還義務が免除される』
これだ、といました。 学費は円もかからない。 親に頼る必もなければ、をげる屈辱もない。 卒業の、方の医療現に縛られることになっても、私には帰るべきなど最初からどこにもないのです。
(誰もやりたがらない所なら、私がけばいい)
私は志望欄に、震えるで『自治医科学・医学部』とき込みました。 シャーペンの芯がパキリと折れ、机のにさな黒いが散りました。
堂へ夜をもらいにくと、厨のおばさんが皿をひとつ差ししてくれました。 細く切られた、茶いメンマの炒め物でした。
「勉、頑張ってるんだってね。これ、裏ので作ったわけじゃないけど、べな」
頬張ると、ごま油のばしさとピリッとした唐辛子の辛が、いっぱいに広がりました。
こりこりとした確かな歯ごたえが、私の背を押してくれるようでした。
そのころ、京の母から数かぶりに話が入りました。 受話器を取るなり、母は興奮でずった声をまくしてました。
「がね、第志望の名私学の理学部に格したのよ! やっぱりあの子は才だわ! 将来は企業の幹部か、国の研究所のトップよ!」
母の歓の叫びを聞きながら、私はめたで考えていました。 IQ150の神童と騒がれ、妹を奥に捨ててまで教育費を注ぎ込んだ結果が、都内の私学なのかと。
派な学であることには違いありません。 けれど、かつて母が誇らしげに語っていた「世界を揺るがす才」の輪郭は、いつのにか、都会の何万ものエリート学のに埋もれ始めていました。
母は私の受験のことなど、最まで言も尋ねてきませんでした。