"五歳の母ちゃん" 第9話
最に母ちゃんと
黒田は、目のない公園のベンチにリサを座らせた。夕方のが、の枝を揺らしている。遊具で遊ぶ子どもたちの声がくに聞こえた。
「はくない。世の記憶を切りすには、本が眠るような状態になる。最に話したいことがあるなら、今だ」
黒田はそう言って、しれた所へがった。
俺はリサのにしゃがみ込んだ。何を話せばいいのか分からない。母に伝えたいことはほどあったはずなのに、いざとなると言葉がてこなかった。
「母ちゃん」
リサは、俺の呼びかけに笑った。
「やっと呼んでくれたね」
その言葉で、こらえていたものが崩れた。俺はずっと、母を母と呼べなかった。写真に向かって話すことはあっても、返事はない。母の記憶を持つリサにも、そんな呼び方をしていいのか分からなかった。
「ごめん。恥ずかしかったんだ」
「うん」
「母ちゃんがいなくなって、ずっと寂しかった。楓のでは平気なふりをしてたけど、本当は何度も母ちゃんがいればってった」
リサは、俺の髪を撫でた。
「シンジは、よく頑張ったね」
「頑張れてないよ。楓にさせたこともあるし、鳴ったこともある」
「それでも、楓を守ってきた。母ちゃんはってるよ」
「母ちゃんに、もっと話を聞いてほしかった。のことも、仕事のことも。これからどうすればいいのか、教えてほしかった」
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「そうだね。そばにいてあげられなくて、ごめんね」
リサは頬を濡らしながら、俺を抱きしめた。さな腕なのに、母に抱かれていた頃の記憶がよみがえる。洗濯物の匂い。台所で噌汁を作る音。をした夜に額へ置かれた。
「母ちゃん、もう回だけ、母ちゃんって呼んでいい?」
「もちろん」
俺は彼女の胸に顔をうずめた。
「母ちゃん」
「うん」
「母ちゃん」
「うん、ここにいるよ」
その声を聞くたび、胸の奥にしまっていた寂しさがしずつほどけていった。俺は泣いた。になってから、こんなに声をげて泣いたことはなかった。
リサは、最まで俺の背を撫でていた。
「楓のこと、頼んだよ」
「分かってる」
「シンジも、ちゃんと誰かに頼るんだよ。で全部抱え込まないこと」
「……うん」
「母ちゃんのことを忘れなくていい。でも、母ちゃんがいなくても、シンジは丈夫」
黒田が、静かにづいてきた。
「そろそろだ」
俺はリサのを握りしめた。彼女は指先で俺のを包んだ。
「ありがとう、シンジ。会えて嬉しかった」
「俺もだよ」
「楓にも、ありがとうって伝えてね」
「自分で言ってやってくれ」
リサはし笑った。
「そうだね。ちゃんと伝えるよ」
黒田が目を閉じ、く言葉を唱え始めた。リサの表から、しずつ緊張が消えていく。彼女は俺のを握ったまま、ゆっくりと目を閉じた。
「母ちゃん……」
返事はなかった。
俺は、彼女のをせなかった。