"五歳の母ちゃん" 第7話
消したくない記憶
黒田が帰ったあと、のは静まり返った。楓はリサのを握り、俺はテーブルの向こう側でうつむいていた。
「母ちゃんの記憶を消すって、どういうこと?」
楓が尋ねた。
「リサちゃんが、リサちゃんに戻るんだ」
「じゃあ、母ちゃんはいなくなっちゃうの?」
その問いに、俺は答えられなかった。
リサは楓の頬に触れた。
「楓、母ちゃんはずっとここにいたんだよ。今、こうして会えたから、もう丈夫」
「でも、もっと緒にいたいよ」
「母ちゃんもそううよ。でもね、リサちゃんにも事ながあるの」
リサはそう言いながら、俺の方を見た。
「シンジはどうしたい?」
「俺に聞くなよ」
「そうだね。ごめん」
「母ちゃんの記憶が消えたら、もう母ちゃんとは話せないんだろ」
「そうかもしれない」
「だったら、すぐに決められるわけないだろ」
俺は声を荒らげた。リサは何も言わず、目を伏せた。楓がそうに俺と彼女を見比べている。
「お兄ちゃん、らないで」
「ってるんじゃない」
「でも、怖い顔してる」
俺は顔を覆った。母がくなってから、ずっとしてきた。楓のではしっかりしていようと決めていた。寂しいと言うことも、助けてほしいと頼むことも、いつのにかできなくなっていた。
そんな俺のに、母の記憶を持つ子が現れた。もう度、母に甘えられるかもしれない。
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そんな気持ちが、の奥にある。
けれど、それはリサのを奪ってまで望むことなのか。
「リサちゃんは、どうしたい?」
俺は尋ねた。
「私は……シンジと楓のそばにいたい」
「母ちゃんとして?」
「そうだよ」
「リサちゃんとしてじゃなく?」
リサは黙った。さな指先が、膝のでぎゅっと握られる。
「リサちゃんのこと、いせないの。お友だちの名も、好きだった絵本も、しずつ消えてる。怖いよ。でも、シンジと楓に会えたのは嬉しかった」
「それなら、なおさら戻さないと」
俺は自分に言い聞かせるように言った。
「でも、母ちゃんがいなくなる」
「そうだな」
楓は泣きそうな顔で、リサの胸に抱きついた。
「母ちゃん、いなくならないで」
「楓、ごめんね」
リサは楓を抱きしめた。俺はその様子を見ながら、決められずにいた。
夜のを過ぎた。黒田から話がかかってきた。
「決まったか」
「まだです」
「がない。迷っているにも、リサの記憶はれていく」
「分かってます」
「シンジ。母親をもう度失うのが怖いのは分かる。だが、この子はおの母親じゃない。今をきる子どもだ」
話はそこで切れた。
俺は、受話器を握ったままけなかった。母に会いたい。けれど、母の記憶を持ったまま苦しむリサを見過ごすこともできない。
楓が俺の隣に座った。
「お兄ちゃん、母ちゃんに会えたの、嬉しかった?」
「ああ。嬉しかったよ」
「じゃあ、母ちゃんにありがとうって言おうよ」
俺は、やっと顔をげた。