"昭和35年、高校を諦め祇園へ渡った15歳の少女" 第13話
キセルの煙と最の「おおきに」
「お入り」
静のい声に促され、は静かに襖をけた。
灯のほの暗いかりの、静は鉢のに座り、静かに煙管を燻らせていた。元には、例の呉からのと青の写真が置かれていた。
は畳に正座し、つ指をついてくをげた。
「夜分に、すんまへん」
「座りなはれ」
静はの顔をじっと見つめ、何も言わずに煙を吐きした。
は喉の奥がカラカラに渇くのをじながら、のに澱のように溜まっていたいを、つつ言葉にして紡ぎした。
「お母さん……うち、半、何もらん田舎娘のままこのに来ました。言葉もらん、掃除もできん、お師匠はんには毎鳴られて……それでも、お母さんやお姉さんたちがうちを見捨てんと、ここまで育ててくださいました。そのご恩は、忘れません」
静は黙って聞いている。
「せやけど……うち、やっぱり丹の町が好きなんどす。にまみれて、百姓して、族みんなで温かいご飯をべる……あの暮らしが、忘れられしまへんのや。……芸妓になってこのにお返しをせなあかんのに、勝なこと言うて、本当に……堪忍してください」
の額が、畳にぴたりと押し当てられた。
申し訳なさと罪悪で、肩が刻みに震え、畳のに涙の染みが広がっていく。
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自分を仕込みから妓へと育てげるために、置がどれほどのとをかけてくれたか、はよくっていた。になったばかりの板妓が、これから稼ぎになるという期に引退するなど、置にとってはきな損失以の何物でもないはずだった。
鳴られるかもしれない。恩らずと罵られるかもしれない。
どんな罵声を浴びせられても受け止める覚悟で、は静の言葉を待った。
い、苦しい沈黙が流れた。
やがて、カツン、と乾いた音が響いた。
静が煙管を皿の縁に打ち付け、を消した音だった。
「……文代」
呼ばれたのは、「」ではなく、半の度も呼ばれることのなかった、本名だった。
文代が恐る恐る顔をげると、静は険しい表を崩し、その切れの瞳に、見たこともないほど柔らかく温かいを浮かべていた。
「謝ることなんちゅうのは、何つあらへん」
「お母さん……?」
「あんたはな、この半、も休まんと、よう気張らはった。文句のつも言わんと、仕込みの雑用も、お稽古も、お座敷も……誰よりも真面目に、誰よりも懸命に勤めげはった。その姿を、うちが番くで見届けてきたんや」
静は青の写真を指先でそっと撫でた。
「ええ男衆やないの。優しそうな、真面目な顔してはる。……の女の幸せだけが、女のやあらへん。
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あんたが自分ので選んだやったら、うちは笑顔で送りしたる」
「お母さん……!」
文代の瞳から、粒の涙が堰を切ったように溢れした。
「その代わりな」静はいたずらっぽく目を細めた。「向こうへっても、美濃の娘やったこと、忘れたらあかんで。ここで覚えたち居振るいも、辛抱さも、全部あんたの血となり肉となってるんやからな」
「へえ……へえ! おおきに、お母さん……おおきに……!」
文代は畳に泣き伏し、ただひたすらに謝の言葉を繰り返した。
数。
美濃の玄関に、文代はっていた。
に纏っているのは、華やかな友禅の着物でも、い黒紋付でもなく、半に母が持たせてくれた、紺の絣の着物だった。
元には、来たと同じ、さな呂敷包みがつ。
しかし、そのに入っているのは、のついたズック靴ではなく、静が持たせてくれた真しいお祝いの無垢の帯留めと、の扇子だった。
玄関のには、お姉さんたちや輩の仕込みさんたちが勢揃いし、涙を浮かべて見送ってくれていた。
「文代ちゃん、元気でな」「幸せになりや」
「へえ。皆さん、ほんまにお世話になりました」
文代はく、くをげた。
そして、引き戸をけて祇園の畳へと踏みした。
振り返ると、格子戸のに、お母さんの静が腕を組んでっていた。
は振らない。
笑顔も見せない。ただ、凛としたち姿のまま、りく娘の背をじっと見つめていた。
カラン、コロンとおこぼの鳴っていたを、文代は軽やかなズック靴の音を響かせながら、度も振り返ることなく歩きっていった。