"昭和35年、高校を諦め祇園へ渡った15歳の少女" 第10話
にの青空と通り過ぎる女たち
妓の修は、文字通り休みなどないに等しい活だった。
当のの取り決めで、置の妓に与えられる休は「に」と決められていた。と、あるいは仕込みやお姉さんたちの都にわせて設定されるそのわずかな休息だけが、が「文代」に戻ることのできる唯のだった。
休の朝、は久しぶりに結い髪をほどき、をぬるま湯で洗い流すことができた。
何も鬢付け油で固められていた皮が軽くなり、指が髪のを通る瞬の爽は、言葉にできないほどよかった。
昼くまで布団のでのように眠り、昼がりに起きすと、お母さんの静が台所に用してくれた昼ご飯をべる。仕事着の着物ではなく、仕込みの頃に着ていた綿のなワンピースに着替え、文代はで置のへとかけた。
初の柔らかなが、祇園のを照らしていた。
おこぼではなく、ぺたんこのズック靴で畳を踏みしめる。の裏全体で面をじられることが、信じられないほど自由で、軽くじられた。
条通りの方へ向かって歩いていくと、通りの向こう側から、賑やかな笑い声が聞こえてきた。
文代はふとを止めた。
通りの向かいを歩いていたのは、セーラーを着た、の女学たちだった。
広告
同じ頃——、歳くらいだろうか。肩からカバンを提げ、にはアイスクリームを持ち、何が笑しいのか顔を見わせて転げるように笑いっている。映画の話や、流りの謡曲の話をしているようだった。
文代はその姿を、吸い込まれるようにじっと見つめていた。
(普通の子らは、あんなに笑って、学へって、友達とおしゃべりしてるんやな……)
もし、自分が丹の奥に残って、無理をしてでもへ通っていたら。
自分もあんなに、セーラーの襟をになびかせながら、友達と放課のを歩いていたのだろうか。
文代の指先が、着古した綿のワンピースの裾をきゅっと掴んだ。
羨ましくないといえば、嘘になった。
毎朝の過酷なお稽古、袋に血が滲むほどのすりの痛み、夜遅くまでの酒席の接待、そして箱枕に縛り付けられる夜。同代の女たちが青を謳している、自分は息の詰まるような伝統と掟の檻ので、たちの顔を窺いながらきていた。
「……何見てるんやろ、うち」
文代はさく呟き、自嘲気に首を振った。
羨んだところで、は戻らない。自分には、丹の実で待っている族がいるのだ。
文代は鞄のから、さな郵便貯の通帳を取りした。
表をめくると、毎のお座敷の当から置に引かれた、元に残ったわずかな遣いを貯め続けた数字が並んでいた。
広告
先、ここからまとまったおを引きし、丹の実へ送したばかりだった。
数、実の母親から届いたの文面が、脳裏に鮮やかに蘇った。
『文代、送ってくれたおで、良太のしい学と、子のランドセルを買うことができました。良太は「姉ちゃんのおかげで学へける」と泣いてんでいます。お父ちゃんも、畑仕事のに文代のを何度も読み返しています。本当にありがとう。体だけは、どうか切にしてください』
文代は通帳をぎゅっと胸元に抱きしめた。
の奥がツーンとくなったが、涙はこぼれなかった。
セーラーを着て笑いうことはできなくても、自分は今、確かに自分ので族の暮らしを支えているのだ。誰の荷にもならず、自分のでち、切な弟や妹の未来を切り拓いている。
その誇りだけは、誰にも奪えないものだった。
通りを通り過ぎていく女学たちの背を見送り、文代はくるりと踵を返した。
背筋をピンと伸ばし、置の待つ暗いへと、力い取りで歩きした。