"昭和35年、高校を諦め祇園へ渡った15歳の少女" 第8話
塗りの素顔との常
しのにわたる騒ぎが過ぎると、のに現れたのは、仕込みの頃とはまた違った種類の、底の見えない忙しさと疲労の々だった。
朝は午に起する。昨晩のお座敷から戻ったのが午過ぎであっても、朝寝坊など許されるはずもなかった。
置の朝は、昨までのように台所の隅でったままかき込む必こそなくなったが、ゆっくりとわうなどどこにもない。温かい番茶としの飯、の物をく腹に収めると、すぐに着替えを済ませてお稽古へとる。
午から午までは、と線、笛の稽古だった。
「、そこのの返し、まだい! しが終わったからって、ええ気になったらあかんよ!」
お師匠さんの容赦ない叱責が、板のにピシピシと響く。妓になったからといって、加減など切ない。むしろ、板を背負って客ので踊るになったからこそ、求められる基準は何倍もくなっていた。
午を回って置へ戻り、昼ご飯をべ終えると、もう夕方のお座敷の支度が始まる。
午。階の鏡ので、は自らを溶いて刷毛を握る。
しのは化粧師のを借りたが、毎の台は自分で顔を作らなければならなかった。
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で溶いた練を首筋から塗り広げ、背の襟には本の刷毛目を引く。が乾かないうちにスポンジで叩き込み、を差す。
鏡のの女が、しずつ「」というの形へと仕てげられていく。
「、支度できたか。男衆さん、見えはったで」
階からお母さんの静の声がかかると、は裾を引いて階段をりる。
男衆のによって、息が止まるほどく帯を締めげられる。どんなに痛くても、顔にてはいけない。夕方をらせる鐘がくの寺から響いてくると、もうお茶の玄関へ向かって歩きさなければならなかった。
夜から、夜まで。晩に軒、いには軒のお座敷を掛け持ちする。
を披し、酒を注ぎ、酔客の終わりのない自話や世話な世話に、柔らかな笑顔で相槌を打ち続ける。
「へえ、そうでございますか」「まあ、社はん、さすがでいらっしゃいますわ」
言葉の端々に嬌を滲ませながらも、のでは常に神経を張り詰めていた。どの客の杯が空いているか、料理の皿が邪魔になっていないか、同席している芸妓のお姉さんが次にどんな話題を振ろうとしているか。
正座し続ける膝と首は痺れて覚を失い、背にはキロの着物と帯が容赦なくい込む。眠気と疲労で識がのきそうになる瞬が何度もあったが、客のにいるは、決して瞬きつ崩すことは許されなかった。
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すべてのお座敷を終えて置の格子戸をくぐるのは、付が変わった夜の半過ぎだった。
「おたの申します……ただいま戻りました」
つ指をついて静に挨拶をし、階の部へがる。
帯を解いた瞬、ぎゅうぎゅうに締め付けられていた内臓が気に解放され、そのにへたり込んでしまう。
油をたっぷり含んだ鬢付け油の匂いの、コールドクリームを顔に塗りたくり、を落とす。濡れた拭いで何度も顔を拭うと、鏡の奥から現れるのは、目のに濃い隈を作った、歳の普通の女・文代の顔だった。
「……ふう」
いため息が、暗い部に漏れる。
計の針は午を回ろうとしていた。の箱枕を引き寄せ、首の骨を慎に乗せる。首筋にる鈍い痛みに眉をひそめながら、文代は目を閉じた。
もまた、には起きなければならない。
華やかなのの裏側にあるのは、ただひたすらに自分の肉体と気力を削り続ける、過酷な労働の積みねだった。