"昭和35年、高校を諦め祇園へ渡った15歳の少女" 第5話
箱枕の夜とい駄
季節は巡り、祇園の町に度目のが巡ってこようとしていた。
仕込みに入ってから丸。文代ののひらは雑巾がけと仕事でくなり、腰にはどんなに腰を落としても揺るがない筋力がついていた。何よりも、をついてる言葉は、丹の訛りがすっかり消えり、滑らかな京言葉へとまれ変わっていた。
「へえ、美濃でおたの申します。……はい、菊姉さんなら、ただいま先斗町のお茶へ向かわれました」
黒話の応対も、今では静から物差しで叩かれることはなくなっていた。
のある朝、掃除を終えた文代を、静が奥の座敷へと呼んだ。
「文代、ちょっと座りなはれ」
静のに正座すると、畳のには真しいの箱枕(はこまくら)と、仕てがったばかりの友禅の着物が置かれていた。
「おも、よう辛抱してついてきたな。から、見習いにしたる」
文代の胸が、どきりとねがった。
見習い——それは、仕込みの雑用を終え、本物の妓としてデビューする直の約ヶ、実際のお座敷に同して先輩たちのち居振るいをで学ぶ、最終関だった。
「おおきに、お母さん……!」
文代が畳にく額を擦り付けると、静はさく頷いた。
「からはもう、髪をほどいて寝ることはできへんで。
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覚悟しときや」
そのの午、文代は祇園の古い髪結い処へと連れてかれた。
鏡のに座らされ、鬢付け油の独特の甘いりがち込める、熟練の髪結い師のによって、文代の黒髪が力く引きげられていく。
毛を結いげる作業は、皮が引きちぎられるような痛みを伴った。櫛が通るたびに涙が滲んだが、文代は奥歯をいしばって耐えた。
結いげられたのは、まだ幼さの残る女が結う『割れしのぶ』という本髪だった。
髪をく盛りげ、髷のに赤い鹿の子絞りをあしらったその姿を鏡で見たとき、文代は息を呑んだ。そこに映っていたのは、丹のだらけの田舎娘ではなく、確かにの入りにったの女の姿だった。
しかし、その美しさを維持するための代償は過酷だった。
本髪を結ったは、髪型を崩さないよう、何も髪を洗うことができない。眠るは、首のにいの箱枕を当てて、仰向けになったまま寝返りを打たずに眠らなければならなかった。
その夜、文代はまれて初めて箱枕にを乗せた。
首の骨が軋むように痛く、しでもをかせば枕から落ちてしまう。井を見つめたまま、もできない夜がけていった。
翌の夕方、見習いとしての初。
置に「男衆(おとこし)」と呼ばれる着付けの職がやってきた。
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い絹の着物を何枚もね、さメートルを超えるな陣織の帯を、男衆が文代の細い胴体に膝を当てて力杯締めげる。
「ぐっ……」
あまりの締め付けに息が止まりそうになったが、男衆は無言で際よく帯を結び、背にだらりと垂らした。装全体のさは、キロくにも及んでいた。
そして元には、さセンチ以もある黒塗りのぽっくり駄——「おこぼ」が用された。
駄の底にはさな鈴が仕込まれており、歩くたびにチリン、カランと涼やかな音が鳴る。
「ほな、菊姉さんについていきなはれ。粗相のないようにな」
静に見送られ、文代はおこぼを履いて祇園の畳へと踏みした。
カラン、チリン。
い駄でバランスを取るのは難しく、首が折れそうになる。い帯と着物に体を引きずられそうになりながら、文代はを歩く菊の艶やかな背を、必で追いかけた。
格子戸の連なるの向こうに、お茶の殻格子(べんがらごうし)と、赤提灯のかりが妖しく揺らめいていた。