"昭和35年、高校を諦め祇園へ渡った15歳の少女" 第4話
すりの痛みと夜の約束
仕込みの女の仕事は、置のの雑用だけではなかった。
午の掃除と洗濯が終わると、休むもなく祇園のを抜け、お師匠さんの稽古へと通わなければならなかった。
井流の京、線、鳴物、唄、お茶の点。妓になるためには、座敷で披するあらゆる芸の基礎を、わずかの仕込みのに体へ叩き込まなければならなかった。
稽古の板敷きは、先とはいえ底えがして氷のようにたかった。
「指先が違う! 扇の骨の持ち方が品や!」
の師匠である配の女性の鋭い声が、稽古に響き渡った。
には細いの棒が握られており、姿勢が崩れるたびに容赦なく文代の背や膝を打った。
「腰を落とす! のさを変えんと、すりでみなはれ! 袋の裏で畳を撫でるように! ……音をてたらあかん!」
の親指と差し指のが擦れ、袋にじんわりと血が滲んでくる。膝を曲げたまま腰を落とし続ける姿勢は、太ももの筋肉を激しく引き裂くような激痛を伴った。
「もう回! 最初から!」
「へ、へえ……!」
何度も、何度も、同じ振りを繰り返す。
学の授業のように、教科を読んで覚えるのではない。叱られ、叩かれ、体の痛覚を通して芸を染み込ませていく。それがの掟だった。
稽古を終えてを引きずるように置に戻っても、息をつく暇はなかった。
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「文代、今はお師匠はんに何教わってきたんや?」
居で煙を燻らせていたお母さんの静が、文代を呼び止める。
文代が覚えたばかりのの振りをぎこちなく見せると、ちょうどお座敷の支度をしていた若い妓のお姉さんが、化粧のを止めてろから文代の首をそっと取った。
「そこ、急いだらあかんよ。扇を返すときは、呼吸ためるんや。(ま)を切にせんと、せせこましく見えてしまうさかいな」
叱りばすお母さんとは違い、お姉さんたちは折、こうして実践のコツをそっと取り取り教えてくれた。厳しさのにあるその微かな温もりが、張り詰めきった文代のをどれほど救ったかれなかった。
夜のを回り、ようやくのすべての雑用が終わる。
階の狭い部に枚のせんべい布団を敷き、千代と並んで横たわると、体の節々がきしむように痛んだ。
「文代ちゃん、、丈夫か?」
千代が暗ので囁いた。千代は福井の農ので、文代より半くこのに来ていた。
「痛い……。袋脱いだら、指の皮がめくれてたわ」
「うちも最初はそうやったよ。お呂入る、しみて泣いたもん。……でもな、お母さん、は恐ろしいけど、ほんまはうちらのことよう見てはるで。昨もな、文代ちゃんがした、台所で姜湯作ってくれてはったんやから」
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「お母さんが……?」
「うん。表では絶対優しい顔見せはらへんけどな」
千代は布団のでさくじろぎをした。
「うちら、いつになったら妓になれるんやろな。あと半か……いなあ」
「千代ちゃんは、妓さんになったら何がしたい?」
文代が尋ねると、千代は嬉しそうに声を弾ませた。
「綺麗なお着物着て、お母ちゃんとお父ちゃんをお座敷に呼びたい。田舎のみんなに、うちのれ姿見せてやるんや。文代ちゃんは?」
文代は、井の目をじっと見つめた。
「うちは……弟と妹に、しいノートと鉛を腹杯買うてやりたい。それと、お母ちゃんのを休ませてやりたいんや」
くのから、お座敷を終えて帰ってくる芸妓さんの駄の音が、カランコロンと夜の静寂に響いていた。
はその音を子守唄のように聞きながら、のようにい眠りへと落ちていった。