みかん小説
本棚

"昭和35年、高校を諦め祇園へ渡った15歳の少女" 第2話

格子戸の奥と最初の言

京都駅にりった文代は、吹き抜けるのたさに首をすくめた。

駅をき交う勢の々の音、けたたましく鳴り響く都のベルの音、き交う自の排気ガス。奥の静かな町で育った歳の女にとって、見るものすべてが巨で、恐ろしいほどの気に満ちていた。

呉の主に渡されたきの図を頼りに、文代はに揺られて条烏丸を抜け、祇園の留所でりた。

通りの喧騒から本、細いへとを踏み入れると、急に周囲の音が吸い込まれるように静まり返った。

両側には、黒く塗られた細い千本格子の々が隙なく並んでいる。打ちがされたばかりの畳が、午の淡いを浴びてしっとりと濡れていた。どこかの軒先から、かすかに線のつま弾く音が聞こえてくる。

図の番を確かめながらを奥へとむと、突き当たりにさな板を掲げた古い町があった。

『美濃(みのや)』

ここが、今から自分が暮らすことになる置だった。

文代は胸ので呂敷包みをく抱きしめ、ごくりと唾をみ込んだ。臓が鐘のように胸板を叩いている。を決して、引き戸の取っにをかけ、ガラガラと引いた。

「ごめんください……」

引き戸を引いたは暗く、奥へと続く細い廊が黒りしていた。

広告

奥の格子戸がすっとき、染めの落ち着いた着物を着たの女性が、音もなく姿を現した。

髪をひっつめに結い、化粧気はいものの、その切れの瞳にはのの奥底まで見透かすような鋭いが宿っていた。この置の主であり、芸妓や妓たちを束ねる「お母さん」——静だった。

静はにち尽くす文代を、のてっぺんからのついたズック靴の先まで、じっと無言で見つめた。

その威圧に気圧され、文代は慌ててくをげた。

「いとこ、ようがってきはったな」

静のから落ちたのは、柔らかくもどこかたく研ぎ澄まされた、本物の京都の言葉だった。

文代は緊張のあまり声が喉に張り付いてなかったが、精杯の勇気を振り絞ってをいた。

「の、今からお世話になります! 懸命働きますので、よろしくお願いします!」

まれ故郷の丹の言葉が、そのままからびしていた。語尾の訛りも、声の張りげ方も、臭い田舎の娘そのものだった。

静はピクリとも表を変えず、静かに文代を見つめ続けた。その数秒の沈黙が、文代には何ものさにじられた。

やがて、静はふっとさく息を吐いた。

「……ええ目ぇしてはる。根性もありそうや」

褒められたのかとい、文代が微かに顔をげかけたその瞬、静のたい言葉が鋭くんできた。

「そやけどな、ここで妓になりたいんやったら……まず言葉からやで」

「え……?」

「『はい』でも『よろしく』でもあらへん。ここでは『へえ』と『おたの申します』しか使うたらあかんのや。着物や化粧なんちゅうもんは、そのの話や。お客さんが番最初に見はるのは、あんたのからる言葉なんやからな」

静は踵を返し、奥の廊へと歩きした。

「荷物置いて、掛けかけなはれ。うちはあんたをお客さんとして呼んだんと違うんやで。今からあんたは、このの『仕込みさん』や」

黒りする廊の奥へ消えていく静の背を見つめながら、文代はちすくんだ。

カレンダーの美しい妓さんの姿は、どこにもなかった。そこにあったのは、言葉つ、ち居振るいつすら許されない、厳格で閉ざされた世界の入りだった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: