"昭和35年、高校を諦め祇園へ渡った15歳の少女" 第1話
丹の解けと黒い汽
昭、の半ば。京都府の部に位置する丹のあいの町は、ようやくいの解けを迎えようとしていた。
軒先から滴る解けの音を聞きながら、歳の女・文代(ふみよ)は、暗いにしゃがみ込んで古びたズック靴のを落としていた。
のには、痩せた段々畑がたい陽射しので黒く湿っている。代々百姓を続けてきただが、田畑の広さはわずかなもので、族がべていくのがやっとの暮らしだった。にはまだ幼い弟と妹がおり、からの学や学にがる準備で、のの空気はいつもどこか張り詰めていた。
「文代、先がまた来られてたぞ」
にりてきた父親の清吉が、くぐもった声で言った。農作業で節くれったきなには、煙の吸い殻が握られている。
文代はを止め、ゆっくりと顔をげた。
「のことやろ……?」
「ああ。おの成績なら、郡のへけば番のクラスに入れる言うてな。もったいない、もったいないって、先何度もげて帰っていかれたわ」
文代はさく唇を噛み、再び靴の落としに線を落とした。
勉は好きだった。国語の教科に載っている物語を読むのも、理科の実験で試験管のの変化を眺めるのも、誰よりも得だった。
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先からも「おは勉を続けなあかん」と何度も引き止められた。
けれど、計の台所事は誰よりも文代自がよく分かっていた。
弟の破れた履き、妹のつぎはぎだらけの着。父の濁ったため息と、夜遅くまで内職の筵(むしろ)を編む母の首の骨の浮きた細さ。自分がへ学して謝や教科代を払えば、のがどれだけをいられるか、考えるまでもなかった。
「うちは、ええよ。のこと分かってるし」
乾いた声でそう返すと、清吉は何も言わずにのがりかまちに腰をろし、く息を吐きした。
そんな折、町の呉の主が、本の縁談ならぬ奉公の話をに運んできたのだった。
呉はに数回、京都内の——祇園の置(おきや)へ反物を納めに通っていた。その置のお母さんが、「気てが良うて、辛抱い女の子を、み込みの仕込みに欲しい」と探しているのだという。
文代は、呉の先に貼られていた枚のカレンダーをいしていた。
真っに塗りげられたうなじに、ぽってりとした。だらりとく垂れた鮮やかな陣織の帯を締め、優雅に微笑む妓の写真だった。
(綺麗やなあ……)
幼い頃、母の買いしに付いていった先で、その写真を息を呑んで見げた記憶があった。まるでおとぎ話の絵巻物から抜けしてきたお姫様のようで、自分のようなにまみれた百姓の娘とは、む世界がまるで違うのだとっていた。
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その夜、囲炉裏のを囲みながら、清吉は静かにをいた。
「祇園へ……ってみるか」
文代は目を見いた。
「仕込み言うても、み込みの修や。踊りや線の稽古をつけてもらえて、になれば自分の力で飯がえるようになる。着るもんもべるもんも、向こうのがしてくれるそうや。……おがどうしても嫌なら、無理には言わん」
清吉はそこまで言うと、じっと燃える薪を見つめた。
文代は、台所の隅で茶碗を洗っている母親の背を見た。のあかぎれで赤に腫れがった母の。
「うち、くわ。祇園へかせてほしい」
迷いはなかった。自分がをて自すれば、弟や妹に自由ないをさせずに済む。あのカレンダーの綺麗な妓さんのように、いつか自分も自分のでって、胸を張ってきていけるかもしれない。そんな淡い憧れも、胸のどこかに灯っていた。
発のの朝、母親は使い古した紺の呂敷に、綿の着と拭い、そして庭の梅のから漬けた真っ赤な梅干しの壺を丁寧に包んでくれた。
「文代、これ持っていき。お腹壊したらあかんからな」
「おおきに、お母ちゃん」
町のさな無駅から、黒い煙を吐きす蒸気関がゆっくりときした。
ホームにつ母の姿が、窓のでみるみるさくなっていく。母は文代に向かってを振るでもなく、ただ掛けをぎゅっと握りしめ、をげていた。
『ええか、文代。辛抱するんやで』
改札で最にかけられた母のい声が、ガタゴトと揺れる汽の輪の音に混じって、いつまでもの奥で鳴り響いていた。