"二人きりのはずだった旅行" 第5話
私の代わりに夫がいた
両親の部に荷物を置くと、私たちはコートを羽織り直してすぐに宿町へと繰りした。 父と母はの内で完璧に調べを終えていたらしく、母のスマートフォンのメモ帳には、きたい老舗の甘処や芸品、湯の営業まで綺麗に理されていた。 弟の茂も慣れた様子で図アプリを操作し、「この坂をがってから酒蔵を回れば、階段を登らずにスムーズに回れるよ」とエスコートしてくれたため、私が気をもむような面はただの度もなかった。
「由、あんた今まで俊也さんとの旅、全部で抱え込んで調べてたんでしょう?」 坂を登りながら、母が優しく私の顔を覗き込んできた。 「……うん。どこへくのも、何をべるのも、の乗り換えまで全部私任せだったから」 「それじゃあ、旅に来てリフレッシュするどころか、ただの添乗員じゃないの。疲れるに決まってるわ」 父がい息を吐きながら豪に笑った。 「旅なんてもんはな、きたい奴が自分で汗かいて調べるから面いんだ。に全部お膳てさせて文句ばかり垂れるような奴は、で寝てりゃいいんだよ」
あまりにも当たりの、健やかな言葉だった。 けれど、その当たりの優しさに触れた瞬、私の目がツンとくなった。
広告
何も俊也と義母の顔を窺い、理尽な求に応え続けるうちに、私の覚は麻痺し、自分がどれほど異常な搾取のに置かれていたのかを完全に忘れていたのだ。
方その頃、俊也と良さんの珍は、像を絶する惨状を極めていたらしい。 私たちが古い町並みの酒蔵で酒の利き酒を楽しんでいた午過ぎ、私のスマートフォンがけたたましく鳴り響いた。
画面には『俊也』の文字。通話ボタンを押してに当てると、気と焦燥の混ざった声が鼓膜を殴りつけてきた。 『おい由! 今どこにいるんだよ!』 「の酒造通りだけど。何?」 『母さんが名な温泉まんじゅうを買いたいって騒いでるんだけど、どこのが番名なんだよ!? 歩き回っても全然見つからないんだぞ!』 「駅の観案内所で聞けば? パンフレットのラックにもきな図があったでしょ」 『お、事に調べてメモしてただろ! そのの名を教えろよ!』 「メモならダッシュボードのパンフレットのに挟んでおいたわよ。見てないの?」 『そんなの探してる暇ねえんだよ! 母さんの嫌がめちゃくちゃ悪くて、く教えろって言ってるんだ!』 「こっちは今、族とゆっくりお酒を見てるの。じゃあね」
プツリと通話を切った。 隣で湯呑みを傾けていた母が、気よさそうに笑った。
広告
「よく切ったわね、由」 「いつもなら、私が慌ててって案内してた。……でも、もうやめた」 「それでいいのよ。取り取り甘やかすから、男も姑もつけあがって何も覚えなくなるんだから」
母の言う通りだった。 昼は、私がもって予約しておいた川沿いの老舗蕎麦へ向かった。平でも列ができる名だったが、予約名を告げると待つことなく奥の座敷へ通され、打ちての蕎麦と菜のぷらをゆくまで堪能することができた。 午は湯に浸かって旅の疲れを癒やし、ロープウェイで化粧の展望台へ登り、母が楽しみにしていた焼きせんべいのにもち寄った。 何ぶりだろうか、から「旅を楽しんでいる」と実できたのは。
夕方、夕暮れに染まる旅館へ戻ると、ロビーのソファに、魂の抜け殻のようになった俊也と良さんがへたり込んでいた。 夕の刻になり、広の事処へを踏み入れると、俊也たちのテーブルはすでにデザートまでんでいたが、のには苦しい沈黙が垂れ込めていた。良さんは腕を組んで満そうにお茶を啜り、俊也はを抱えていため息を繰り返している。
対照に、私たちの席は賑やかな歓声に包まれていた。 「すいません、この酒の純米吟醸、もういただけますか!」
父が嫌で追加の徳利を頼み、茂が「俺も付きうよ、親父」と笑って盃を差しす。 母は蟹の甲羅焼きをに運び、「まあ、なんて濃なのかしら」と目を細めた。 そんなの屈託のない笑顔を見つめながら、私は、胸の奥底に張り付いていたたい鉛が、サラサラと音をてて砂のように崩れていくのをじていた。
これまでの俊也との旅では、事のすら戦だった。 良さんが「お茶がぬるい」と言えば私がちがり、俊也が「すいませーん、ビールのおかわり」と私に目配せすれば私が居さんを探してり回る。が満腹になって爪楊枝を使っている頃、私のにはすっかりえ切って脂の固まった料理が半分以残されている――それがいつもの景だった。
だが、今は違う。 温かい料理を、温かいうちに、自分のペースでわうことができる。 ただそれだけのことが、涙がるほどありがたかった。
、広々とした呂で母と肩を並べ、見呂を堪能した。 体の芯まで温まり、浴の裾を揺らしながら自へ戻ろうと廊を歩いていた、暗い庭の渡り廊のから、俊也がヌッと姿を現した。
「おい、由」 「……何?」
音を忍ばせてづいてきた俊也の顔は、たった半で週徹夜したかのように青ざめ、やつれ果てていた。
「ちょっと来いよ。話がある」 「両親が待ってるから、ここでに言って」
俊也は唇を噛み締め、悔しさを滲ませたい声で吐き捨てた。 「お……今、俺がどれだけ獄を見たか分かってんのか!?」
私は危うく、そので吹きしそうになるのを必に堪えた。 まだ、たったのが終わっただけだというのに。