"二人きりのはずだった旅行" 第3話
結婚記の約束
旅のがづくにつれて、私のは久しぶりにれやかなを取り戻していった。
泊の温泉旅。しだけ奮発して、呂付きのれがあり、夕の会席料理が絶品だと評判の老舗旅館を予約した。周辺にはある古い宿町が残り、ロープウェイで登る展望台や、源泉掛け流しの湯、さらには元猟師が営む完全予約制のジビエ料理もある。 私は職の昼休みにスマートフォンの図を眺め、ち寄りたい所や駐の位置を丁寧にメモ帳へき留めていた。
俊也も発夜までは嫌が良かった。 「由、今回はげ膳据え膳で何もしなくていいからな。頃の疲れをのんびり癒やそうぜ」 「たまには俊也もきたい所とか調べてよ」 「いいよいいよ、由はこういう細かいリサーチ得じゃん。俺は運転兼エスコート役だから」
いつもの「私任せ」ではあったものの、あの義母がついてこないという点だけで、私のは分に満たされていた。 荷造りを終えた夜、私はベッドに入る直、押しするように尋ねた。
「ねえ、……本当にお義母さんには言ってないよね?」 テレビのスポーツニュースを見ていた俊也が、鬱陶しそうに眉をひそめた。 「何を?」 「旅のことだよ」 「言ってないってば。誰がわざわざ言うかよ」
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「のこともあるから、どうしてもで」 「しつこいなあ、由は! 連れていかないって約束しただろ! 俺を信用しろよ」
そこまでく言われたら、信じるしかなかった。
翌朝、午。 私は調したお気に入りのウールコートにを包み、玄関へスーツケースを運びした。俊也がのキーを指先で回しながら玄関の鍵をけ、へ歩踏みした。
その瞬、私の界が凍りついた。
ポーチのに、満面の笑みを浮かべた良さんがっていた。 にはパンパンに膨らんだ型のボストンバッグを握り、首には派な柄のストールを巻き、元はすっかり観客のいでたちだった。
「おはよう、由さん! 寒いわねえ」
全の血液が、の先からサーッと引いていくのが分かった。 声がない。呼吸すら止まりそうだった。 「……お義母さん……どうして、ここに……?」
良さんは底議そうに首を傾げ、悪びれもせずに笑った。 「どうしてって、俊也から聞いたのよ。『から温泉にく』って。で留守番なんてだからって、昨の夜、俊也がで迎えに来てくれたのよ」
私は首が軋むような覚を覚えながら、ゆっくりと隣の俊也を見げた。 俊也は瞬だけ気まずそうに線を泳がせたが、次の瞬にはき直ったふてぶてしい笑みを浮かべた。
「……母さんもずっと楽しみにしてたんだよ。
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親孝だとえばいいだろ?」
の奥で、張り詰めていた太いピアノ線が、バチンと音をてて弾けんだ。
「……俊也。昨、何て言った?」 「仕方ないだろ! 母さんがきたいって言ってるのに、俺のから『来るな』なんてたいこと言えるわけないだろ!」 「夫婦きりの記旅だって約束したよね!? 宿だっての名で取ってあるんだよ!?」 「増えるくらいでギャーギャー騒ぐなよ! 俺の親を仲れにして、おはが痛まないのかよ!」
良さんがわざとらしくため息をつき、腕を組んでを挟んできた。 「族なんだから、臭いこと言わなくてもいいじゃないの。せっかくの旅の朝からそんなヒステリー起こして、本当にげのない嫁ねえ」 「も同じことを言って台無しにしましたよね! 私は、きりでゆっくり過ごしたいって何度も言いました!」 「現に着いて美しいものべればどうせ楽しくなるんだからさ! 細かいことグチグチ言うなよ、がもったいないだろ!」
俊也が吐き捨てたその言で、私ののに燻っていた最のが、完全な絶対零度へとえ切った。
このたちは、約束を破ったことへの罪悪など微も持ちわせていないのだ。 義母が望めば、私の希望などゴミのように踏みにじられて当然。夫にとって、妻は「自分の母親を介護し、親孝の具として奉仕するための付属品」
でしかないのだ。
私はすっと息をえ、ハンドバッグからスマートフォンを取りした。
「……分かったわ」 俊也が勝ち誇ったようにを鳴らした。 「ほら見ろ、物分かりがいいじゃないか。最初からそうやって素直にしてりゃいのに」 「じゃあ、私も族を連れていくね」
俊也の笑いが、ピキリと固まった。 「……は?」 「私のお父さんと、お母さん。それから弟の茂も呼ぶわ」
俊也が眉にい皺を寄せた。 「急に何言ってんだよ。おかしくなったのか?」 「族なんだから、誰が増えても文句ないでしょう? 増えるのも増えるのも、した違いはないよね」
先ほど俊也が私に投げつけた言葉を、そのまま言句違わずに投げ返した。 良さんの顔が、見るに気へと引きつっていった。 「な……何よそれ! 結婚記の夫婦旅に、嫁の親や弟までついてくるなんて、常識れもいいところよ!」 「お義母さんもついてくるんですよね? 記の旅に」 「私は俊也の実の母親よ!」 「私の両親だって、私の実の両親ですけど。何か違いでもありますか?」
俊也は瞬言葉を失ったが、すぐに嘲笑うように元を歪めた。 「好きにしろよ。当の朝の今から話して、急に来られるわけねえだろ。みっともないハッタリかますなよ」
私はそので、母の携帯番号をタップした。 スピーカーフォンにしてコール音を響かせる。
コールで母がた。 『はい、由? どうしたの、こんな朝くに』 「お母さん、おはよう。今からお父さんと茂と緒に、温泉旅に来られない?」 話の向こうで、わずかに息を呑む気配がした。事をすべて察した聡な母は、迷うことなく即答した。 『……温泉? いいわねえ、ちょうどきたいとってたのよ』 「本当に? 今からすぐられる?」 『丈夫よ。お父さんも定して暇を持て余してるし、着替えなんて分でまとまるわ。茂は今、リモートワークで休み調できるはずだから、すぐに連絡してみるわね』
私の両親は、定退職のをキャンピングカーの旅や全国の温泉巡りに費やしているアクティブな夫婦だった。いつでも旅にられるよう、洗面用具や着替えの入ったエマージェンシーバッグが玄関に常備されているのだ。
話を切ってからわずか分、弟の茂からメッセージが届いた。 『姉貴、母さんから聞いた。すから現集でいいか? 宿の名と所送って』
私は画面をそのまま俊也の先に突きつけた。 「とも、で現へ向かうって。昼過ぎには流できるそうよ」
俊也の顔から、さっきまでの傲な余裕が完全に消えっていた。