"赤ワインの余興" 第5話
暴かれた仮面と凍りつく宴
会内の照がゆっくりと落ち、幽玄な暗がりに包まれた。
ステージの央、本の鋭いスポットライトが照射され、マイクのにつ真由美の姿を浮かびがらせた。
真由美は真のカクテルドレスを揺らし、箔で縁取られた便箋を両でいた。その元には、茶番劇を演じるためのわざとらしい微笑が浮かんでいる。
主賓席の赤松総夫妻はたい線を壇へ向けており、郎の修平さんは拳を握りしめたまま俯いていた。
「お父様、お母様、私を今まで温かく育ててくださり、ありがとうございました……」
打算で塗り固められた言葉が、スピーカーを通じて流れす。
族への無償の献や、幼い頃のい。
「兄の達也さんは、いつも私を優しく見守り導いてくれた最の兄です」
親族席の達也はをくして頷き、は芝居がかった付きでレースのハンカチを目元に押し当てて涙を拭う真似をしている。親族たちも「なんて健気で清らかな子なんだ」「郷田の誇りだよ」と、自分たちが作りげたの物語に酔いしれていた。
しかし、私の胸にはややかな静寂だけが満ちていた。
会社の資を億千万円も横領させ、ホストクラブで浪費してきた女。さらには、目のにいる郎の族の資産を奪い取ろうと企んでいる。
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その仮面のにある本性をる私にとって、この朗読は滑稽な茶番劇に過ぎなかった。
『……そして、今から私のしい族となってくださる赤松の皆様。私はこれからののすべてを捧げ、赤松の名誉と繁栄のために尽くします。修平さんをからし、慎ましく誠実にきていくことを誓います』
偽りで塗り固められた台は、最潮に達しようとしていた。
私は膝ので、スマートフォンの画面に触れた。
青い液晶の央に浮かぶ、音響システム直結の再ボタン。
壇の真由美が、の最の文へと差しかかった。
「する族の皆様、そしてする修平さん。皆様の温かいおに、からのを込めて——」
会内に流れていたなピアノのワルツが、静かに盛りがっていく。がちがりかけ、拍を送ろうと両を構えた。達也も満げに頷き、ポケットの偽造類を指先で弾いた。
その瞬だった。
私は膝ので、再ボタンを躊躇なく押し込んだ。
ブツンッ。
宴会『鳳凰の』に満ちていた優雅なピアノの旋律が、唐突に途切れた。
まるで鋭利な刃物で切断されたかのように、音楽が完全に消滅したのだ。
「あら……? どうしたのかしら、音が止まったわよ」
が拍を構えた両を止め、怪訝そうに井を見げた。達也も眉をひそめ、会方の音響卓へ線を向けた。
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「おいおい、こんな肝なところで材トラブルか? で支配にしっかり文句を言ってやるぞ」
壇の真由美も、急に静まり返った会に戸惑い、から顔をげた。マイクを軽く叩くが、スピーカーからは何の反応も返ってこない。
次の瞬——。
キィィィィィン……!
井の全スピーカーから、鼓膜を突き刺すような鋭いハウリングが響き渡った。百名の招待客が斉にを塞ぎ、ざわめきが波のように広がっていく。
ノイズがフッと止むと、会内は気な静寂に包まれた。
そして、井の級スピーカーから、カラン、と澄んだ音が響いた。氷がグラスの側面に当たる、々しい活音だった。
続いて、ガサガサという擦れの音。方の音響卓では、チーフオペレーターが真っ青な顔で首を横に振っていた。操作パネルの全能がロックされ、部から完全に掌握されていたからだ。
スピーカーから、誰もが聞き覚えのある、あの甲い笑い声が響き渡った。
『あははっ! 翔太(しょうた)君、もっとシャンパンけてよぉ!』
甘えたような、どこかだらしのない女の声。
ほんの数秒まで、涙ながらに謝のを読んでいた嫁の声そのものだった。
会内の空気が、目に見えて凍りついた。
『おいおい真由美、いくらなんでもみすぎだろ』
男のからかうようない笑い声が続く。
『いいのよぉ! 今くらい景気よく使わせてよ!』
『おさ、は本番の結婚式だろ? こんな朝方までホストクラブで遊んでて丈夫なのかよ』
『丈夫に決まってるじゃない! あんなのただの形式よ! あんなバカ温育ち、私の顔ばかり伺って何でも言うことを聞くんだから!』
言葉の端々に宿る品な嘲笑が、巨なスピーカーから容赦なく炸裂した。
宴会『鳳凰の』が瞬で、完全な静止状態に陥った。招待客の誰もが自分のを疑うように、壇の嫁を凝している。
郎の修平さんの顔面から、サッと血の気が引いていった。黒いタキシードの胸元をく押さえ、修平さんはよろめくように退りした。
「ま……由美……さん……?」
修平さんの唇から、震える声が漏れた。
しかし、真由美はそれに答えることもできず、目を剥いて固まっていた。真のカクテルドレスを着たその体は、激しい悪寒に襲われたかのようにガタガタと震えている。
主賓席の赤松総の顔は、りで赤黒く染まり始めていた。膝ので固く握りしめられた老総の拳が、く直している。
親族席では、が持っていたの扇子をへ取り落とした。
パチン、と乾いた音が虚しく響き、扇子は絨毯のを転がっていった。
「な……何なのよ、これ……! 達也、くあの音を止めさせなさい!」
達也は子を蹴倒すような勢いでちがり、方の調卓を指差して鳴り散らした。
「おい! 音響スタッフ、何を遊んでるんだ! 妹への悪質な嫌がらせだぞ! く源を引っこ抜け!」
だが、会の誰として、達也の鳴り声を気にとめる者はいなかった。
全員の神経は、スピーカーから流れる、さらに致命な会話に釘付けになっていたのだ。
『でさ、その病院のをどうやって奪うつもりなんだよ』
男の々しい問いかけが、井から鳴りのように響き渡る。
スピーカーから、息を呑むような沈黙のに、真由美の残酷なせせら笑いが返ってきた。
『簡単なことじゃない。結婚して籍さえ入れちゃえばこっちのものよ。病院の理事になれば、経理の類なんていくらでもいじれるわ。赤松の資産から毎数千万円ずつ引きして、翔太君に貢いで全部使わせてあげる!』
『へえ。でもよ、あの厳しそうな両親が黙っちゃいないだろ。特にあの父親、病院の総なんだろう?』
その問いに対し、スピーカーから響いた嫁の返答は、会にいた全員の像を絶するものだった。
『ふん、あの世らずの老いぼれ両親なんて、目障りなら消しちゃえばいいのよ』
ゾッとするような酷な声が、百名の招待客の鼓膜を容赦なく揺らした。
『あの父親、毎決まった臓の持病薬をんでるって修平が言ってたわ。
カプセルのを適当な毒物にすり替えて、全に見せかけて殺せば事故で片付くわよ。遺産をに入れたら修平とは即座に婚して、あんたとハワイで豪遊! ついでにうちの実の兄貴と組んで、あの貧乏嫁に借を全部背負わせて破滅させてやるんだから!』
底なしの残虐性と貪欲さ。
井からり注ぐ肉声の言言が、宴会の空気を完全に凍りつかせていった。