"赤ワインの余興" 第4話
偽りの署名と最の
「郎婦、お直しのためのご座でございます!」
司会者の華やかな声が響き、会内の照が落とされた。スポットライトを浴びた真由美は、誇らしげにドレスの裾を持ちげ、親族席に向かって勝ち誇った線を投げてきた。その線が私の汚れた着物を捉えた瞬、彼女は嘲笑うように元を歪めた。
盛な拍の、が退すると、私は静かに席をった。
「おい、どこへく気だ」達也が私の着物の袂を掴んだ。
「化粧へってまいります」
「分で戻ってこい。遅れたら承しないからな」
私は軽く礼し、宴会をにした。
廊の奥にある来賓用の静かな化粧へをめると、きな鏡のにった。淡い藤の正絹に広がった赤ワインの染みは、胸元から腰にかけて無残に固まり始めていた。
背でドアがノックされ、入ってきたのはホテルの総支配だった。
「総帥、ご無事で何よりでございます」
支配はく腰を折り、ろに控えるスタッフが最級の着物が入った装箱を差しした。しかし、私はそれをで優しく押し戻した。
「お遣いは謝します。ですが、着替えるわけにはいきません。この染みは、あの者たちが無抵抗なに浴びせかけた悪の証拠です。形ある証拠こそが、公衆の面で相の逃げを塞ぐ絶対の刃となります」
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私の覚悟を悟った支配は、姿勢を正して型のモジュールを渡した。ホテルの全放送設備および宴会の音響器へ、私のスマートフォンから最優先で割り込むための特注端末だった。
接続を完させると、画面に『鳳凰の』の全スピーカー系統が青く点灯した。
「特捜部の突入班は?」
「警庁特捜部の両台が、駐にて待を完しております。総帥からの図があり次第、分で扉を確保できます」
「ご苦労様でした。それでは、席へ戻りましょう」
席に戻ると、達也は苛ちを隠さずに舌打ちをした。
やがて、真のカクテルドレスに着替えた真由美が、キャンドルサービスのために各テーブルを回り始めた。
私たちのテーブルにづいてきた際、達也は懐からつ折りにされたの類を取りし、テーブルクロスのから私の膝へ無理やり押し付けてきた。
「何でしょうか、これは」
「見れば分かるだろう。週け番でメインバンクに提する融資の承諾だ。郷田物産の追加融資枠、億円分の連帯保証だぞ」
膝ので類をしくと、連帯保証の署名欄には、すでに私の本名である『藤美桜』という文字が達な跡でき殴られていた。私の自ではなく、達也が偽造したものだった。
そしてその横には、私の実印を模した印鑑が押されていた。
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しかし、私の本物の実印は、京都の老舗の職が彫りげた唯無の品だ。印の枠のに、目では判別の難しい極めて微な切れ込みがしている。
目のの片に押された印には、その特徴が完全に欠落していた。価な械彫りの印鑑特の、自然な歪み。
印私文偽造、並びに同使。
確な刑事犯罪の証拠が、今まさに夫自のによって私の元へ差しされた瞬だった。
私はテーブルのでスマートフォンのカメラを起し、静音モードで偽造された署名と印を鮮に撮した。そして、即座に顧問弁護団へデータを転送した。
「おい、美桜。絶対に余計なをくなよ」
達也が私の元で囁いた。
「郎のご両親も緒に挨拶に回ってくるんだ。おのその汚い着物を見られるだけでも恥ずかしいんだから、ずっとを向いていろ」
真由美が、郎の修平さんと、その両親である赤松総夫妻を連れて、私たちのテーブルのに歩み寄ってきた。
修平さんの線が、私の胸元の赤黒い染みに止まった。
「あの……そのお召し物は……」
修平さんがわず声を漏らしかけた瞬、真由美が引に割って入った。
「修平さん、気にしないでいいのよ! さっきの余興で、ちょっとだけワインをこぼしちゃったの。美桜さんも、おめでたい席のお祝いだからってんでくれたものね!」
恥らずな物言いに、修平さんは言葉を失っていた。
真由美は勝ち誇ったように私を見ろし、赤松総夫妻へ向けてをいた。
「お義父様、お義母様、こちらが私の兄の嫁の美桜さんです。特に取り柄もなくて、普段はずっとに引きこもっているようななんですけれど、兄がけで養ってあげているのよ」
義母のも品な笑みを浮かべた。
「ええ、本当にのかかる嫁でございまして。真由美さんのような素らしいお嬢様と比べたら、とすっぽんでございますわ」
達也もちがり、卑屈に揉みをしながらをげた。
「お恥ずかしい姿をお見せして申し訳ありません。くがらせようとったのですが、本がどうしても残ると申しまして……」
内を公衆の面で貶め、自分たちの踏み台にしようとする浅ましい姿。
しかし、私は俯くことはなかった。
静かに子からちがると、訪問着の裾の乱れを優雅にえた。胸元には無残な赤ワインの染みが広がっていたが、私の所作には切の淀みがなかった。
く澄んだ呼吸をえ、赤松総夫妻の正面へ向かって、凛とした線を向ける。
そして、本の最峰の格式を持つ者だけがにつけている、完璧な角度の礼を捧げた。
「赤松総、並びに奥様。この度は修平さんと真由美さんのご良縁、誠におめでとうございます。
赤松という尊い柄にたなご縁が結ばれますことを、よりお慶び申しげます」
濁りのない、極めて洗練された言葉遣いと静かな威厳。
それは、「貧乏嫁」と蔑まれていたから発せられるはずのない、至の気品だった。
赤松総の表が、その瞬に微かに張った。名医として名い老総は、ち尽くしたまま私の顔を凝した。その鋭いは、単なる驚きを超え、い記憶の探索へと移り変わっていた。
赤松総はゆっくりと歩み寄ってくると、誰にも聞こえないようない、しかし真剣な声で呟いた。
「失礼ですが……奥様。私たちは以、どこかでお会いしたことはございませんか?」
半に都内で催された、本医療経済フォーラム。最賓客席で政財界の鎮たちを従え、基調講演をっていた女性の面。
ののの記憶が、目のの女性となりかけていた。
「総様、何をおっしゃっているのですか!?」
張り詰めた空気を、真由美の切り声が引き裂いた。
「こんな貧乏嫁が、お義父様とお会いできるはずがありませんわ! さあ、次のテーブルへ参りましょう!」
真由美は苛ちをわにして赤松総の腕を引いた。総はそうに眉をひそめながらも、り際に私へ向けてく丁寧な礼を残していった。
疑の芽は、郎の父ののに確実に植え付けられた。
そして、司会者の落ち着いた声が会に響き渡った。
「皆様、それではこれより、婦様より親御様への謝のおを朗読していただきます」