"赤ワインの余興" 第1話
赤ワインとえ切った沈黙
井に並ぶ豪華なシャンデリアのが、グラスのクリスタルを反射して眩しく瞬いていた。
都内でも名なつホテルの宴会「鳳凰の」。医学界や政財界の関係者など、百もの招待客で埋まった会で、披宴の盤に信じられない来事が起きた。
「皆様、これはただの余興よ!」
甲い笑い声とともに、からたい液体がり注いだ。
赤ワイン。それが、淡い藤の正絹で丹に仕てられた私の訪問着へと、たい音をてて吸い込まれていった。
襟元から胸元、そして帯揚げへと、どす黒い染みがみるみるうちに広がっていく。絹糸の繊維の奥くまでアルコールの匂いと渋みが染み渡り、着物の裾からたい雫が滴、また滴と、真っなテーブルクロスへこぼれ落ちていった。
グラスを空にして満げにを鳴らしたのは、純の特注ウエディングドレスにを包んだ婦、義妹の真由美だった。
「美桜(みお)さんには、このくらいのお清めがお似いよ! あははは!」
真由美の笑いが、静まり返った会に響き渡った。配膳係のスタッフまでもがのトレイを胸に抱えたまま息を呑み、周囲の招待客席からは戸惑いと嫌悪の入り混じったざわめきが広がっていく。
しかし、円卓の向かいに座る義母のは、の扇子をパチンと打ち鳴らし、品な笑顔を浮かべた。
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「ほほほ! 本当に素らしい余興だこと! おめでたい席ですもの、そのくらいの冗談は笑って受け流すのがの礼儀というものよ。ねえ、皆様?」
親族席に座る戚たちも、義母の顔を伺いながら調子をわせて卑た笑い声を漏らす。
「さすがは名病院の若奥様になる嫁だ、肝が据わっている」「達也の嫁は昔からで気が利かないから、これくらい派にやってもらった方がが華やぐな」
百の目が、ワインで無残に汚された私に注がれていた。
だが、私は決して声を荒らげることはしなかった。ただ背筋をまっすぐに伸ばし、膝ので静かに指を組んでいた。
私のすぐ隣に座っていた夫の達也が、面倒そうにグラスの氷をカランと揺らした。
「おい、美桜」
達也は私の方を見ようともせず、く苛った声で呟いた。
「せっかくの祝いの席なんだから、そんな気な顔をするなよ」
「……達也さん、着物が」
「ただのワインだろ。クリーニングにせば済む話だ。親戚の皆さんも面がって盛りがってくれたんだぞ。ここで騒ぎてて、真由美のれ台にを塗る気か?」
「私は騒いでなどいません」
「なら笑えよ。お祝いの言葉のつでも言ったらどうなんだ」
達也の濁った瞳には、妻へのいやりなど微もなかった。そこに浮かんでいるのは、巨医療法『赤松会』の族に妹が嫁ぐという、分相応な虚栄だけだった。
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夫はテーブルのに置かれていた真っなリネンのナプキンを乱暴に掴むと、まるで汚れたゴミを払うかのように、私の膝のへ投げ捨てた。
「空気を壊すなよ、みじめな貧乏が」
元で吐き捨てられた酷な言葉。
私はさく息を吸い込み、膝のに落ちた布を、指先つ震わせることなく拾いげた。額からこめかみ、そして首筋へと伝う赤い雫を、丁寧に吸い取っていく。
に任せて取り乱せば、私はただの「ヒステリックな悪者」に仕てげられるだけだ。
切じることのない私の態度に、真由美は満そうに唇を尖らせた。
「何よ、もっと泣いて喚けばいいのに。本当にげのない女ね」
真由美はいヒールを鳴らして踵を返すと、満げに砂席へと戻っていった。
砂の壇では、郎の修平さんが青ざめた顔でち尽くしていた。名医療法赤松会の跡取り息子であり、優しい医師としてられる彼の端正な顔ちには、い困惑と苦渋が滲んでいた。
修平さんは、戻ってきた真由美と、末席に座る私を何度も見比べていた。そして、そのすぐくの主賓席に座る郎の父・赤松総が放つは、極めて鋭く、氷のように研ぎ澄まされていた。
潔な医療としてきてきた彼らにとって、に酒を浴びせる為が余興であるはずがない。
しかし、私の夫と義母は、その張り詰めた沈黙のを完全に読み違えていた。
「ほらごらんなさい。あちらのご両親も、うちの真由美の堂々とした振るいに圧倒されているわ」
「ああ、これで郷田物産の信用も気にねがるぞ。赤松会と親戚になれば、の融資も引き放題だ」
彼らにとって、私は都よくこき使える無の政婦に過ぎなかった。
に素性を隠して達也と結婚した際、「質素で温かな庭を築きたい」と願った私のいは、完全に踏みにじられていた。
私は膝のに置いたさなハンドバッグの留めを、音もなく静かにした。
内側に忍ばせていたのは、藤グループの最暗号化端末。
膝ので指紋認証をうと、微かな振とともに密フォルダがちがった。画面に表示されたのは、昨夜未、伎町で記録された々しい音声データ。
真由美がのホストに対し、赤松会の資産を奪い取る計画を語る決定な肉声だった。