"年収三千万円の嘘" 第14話
私の収より事なもの
婚の私は、「さえあれば、どんな困難からも族を守り抜くことができる」という迫観に囚われていた。
健太が将来どんなを望んでも無条件で叶えてやりたい。
病気や怪をしても最峰の医療を受けさせたい。
そのためには、しでもい収を稼ぎし、資産の数字を積みげることこそが、母親としての最の責務なのだと信じ込んでいた。
だからこそ、私は当直を増やし、休返で勤を詰め込み、千万円という額面をに入れるために、自らのとをすり減らし続けていた。
だが、通帳の数字がねがるのと反比例するように、庭の体温はえ切っていった。
健太は夜にでカップ麺を啜り、夫は妻の稼ぎしたと社会位を自らのものだと錯覚して虚栄の怪物へと成りがっていった。
康太が「収千万の医師」と名乗ってに吹聴していたという事実をった、私はそのあまりの愚かしさに失笑したが、同に、自分自のき方の歪みをも突きつけられたような痛痒を覚えずにはいられなかった。
私自もまた、「これだけ稼いで庭を潤しているのだから文句はあるまい」という傲さを盾にして、族と向きい、対話をねる労力から逃げていたのではないか。
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の力で解決しようとして、最も替えの利かない「今、そこにある」を軽していたのではないか。
婚を経て、私の収は以の半分くにまで減した。
級を放し、ブランド物のを調することも激減した。
だが、現の活の幸福度は、あの千万円を稼ぎしていた頃とは比べものにならないほどい。
朝のが差し込むキッチンで、健太と緒に温かい豆腐の噌汁を啜る。
学の宿題で解けない算数の問題を、でを寄せって考える。
夕方、所のスーパーの見切り品コーナーで「今はお肉がいね」と笑いう。
週末のグラウンドで、息子の放ったシュートに声をからして歓声をげる。
が真に幸福をじるために必なものなど、世が持て囃すような文学な数字のにはしないのだ。
「お母さん、最いっつも嫌いいよね」
あるの夕、リンゴの皮を剥いていた私を見て、健太がふふっと笑った。
「そうかしら? お母さん、昔はそんなに嫌そうだった?」
「うん。はさ、に帰ってきても眉にシワが寄ってて、ずっとパソコンかカルテ見てて、話しかけちゃいけないオーラがてたもん」
「……ごめんね、健太」
「いいよ。今のほうが、なんか普通のお母さんっぽくて好きだし」
『普通のお母さん』。
その飾らない言が、どんな名医としての表彰状よりもく、私の胸に温かく沁み渡った。
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私は現も、の医師として現にち続けている。
来で苦しむ患者の訴えにを傾け、病気を治癒に導く仕事には、何物にも代えがたい誇りとやりがいをじているし、今も医師としてのキャリアを捨てる気は微もない。
だが、現の私のシフト表には、かつてのように「空いている枠=当直を入れられる枠」という狂気じみた数式はしない。
息子の学事、サッカーの征、そして何より「自分自がを休めるための空」。
それらが、最優先の予定として凛とき込まれている。
収千万円という数字。
それは、美がの庭を破壊してまでに入れようと渇望し、康太が己の虚栄を満たすために盗用した、ただの空虚な記号に過ぎなかった。
見せかけの富に群がり、者を踏みつけにして踊り狂ったあのは、いま、その数字の呪縛に押し潰されてを啜っている。
だが、私と健太ののには、誰にも奪われることのない、確かなと々の温もりが息づいている。
数字に振り回されるからりち、自らので選び取ったこの静かな常こそが、私が医師として、そしての母親として勝ち取った、最の報酬なのだ。