"年収三千万円の嘘" 第10話
式のあと
ホテルの宴会のい扉が閉ざされたも、内部から漏れ聞こえてくる罵声と号は止むことがなかった。
参列者たちがにエレベーターホールへと逃げす、私はクロークで預けていたトレンチコートを受け取り、静かなロビーへと歩みをめた。
全を駆け巡っていた張り詰めたアドレナリンがゆっくりと引き、代わりにの夜空のように澄み切った静寂が私の胸を満たしていくのをじていた。
「まりな!! 待て! 待ってくれ!!」
背から、擦り切れたような叫び声が追いかけてきた。
振り返ると、胸元のコサージュが引きちぎれ、いタキシードのズボンに赤ワインの染みを作った康太が、鬼の形相で駆け寄ってくるところだった。
級ホテルのロビーラウンジの利用客たちが、ぎょっとして私たちの諍いに線を注ぐ。
「……何かやり残したことでもあるのかしら、郎様」
私がえ切った声で応じると、康太は肩で激しく息を乱しながら、血った目で私に詰め寄った。
「お……よくもあんな真似をしてくれたな! ぶち壊しだ! 俺の親族も、美の親族も、全員パニックで式どころじゃなくなったんだぞ! どう落としをつけてくれるんだ!!」
「落とし? からた錆という言葉をごじないの? 私はあなたがたが吹聴していた嘘を、事実に基づいて訂正しただけよ」
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「俺の親父にまで全部バレたんだぞ! 『今すぐ全額返済しろ、さもなくば勘当だ』って……もうに帰れないんだよ!」
「親を騙して老資を巻きげたのはあなた自でしょう。私を悪者に仕てげてを無するに、自分の誠実さを恥じたらどうなの」
康太はぐうの音もずに絶句し、悔しさに顔を歪めた。
そして、恐る恐る線を彷徨わせながら、最も浅ましい本音をにした。
「……なあ、まりな。もういいだろ。式もぶち壊れたし、俺も分痛い目を見た。だから……慰謝料とか、これ以法な請求をするのは勘弁してくれよ。これ以をむしり取られたら、俺たち本当に首を吊るしかなくなるんだ」
そのけない懇願をにした瞬、私の唇から乾いた笑いが漏れた。
「康太。婚届を提したあの、私はあなたから慰謝料を円も請求するつもりはなかったわ。健太とのしい活を始めるために、過のを綺麗さっぱり洗い流したかったからよ」
康太の顔に、微かな堵のが浮かびかけた。
しかし、私はその甘い期待を酷な言で砕した。
「でも、あなたたちはその私のけを踏みにじり、わざわざ私の勤務先にまで妊娠報告を送りつけ、元妻を公処刑するための披宴に招待した。――美さんが自ら提供してくれた通話録音と、今の会での自。
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これ以ないほど完璧な貞の証拠が揃ってしまったのよ」
「なっ……!」
「番で、信頼できる医療専の弁護士に委任状を提するわ。婚姻期の貞為に対する慰謝料請求、そして財産分与における虚偽申告の精算。法に請求できるすべての権利を、徹底に使させていただきます」
「ま、待てよまりな! 話しおう! 健太の父親だろ、俺は!!」
すがりつこうと伸ばされた康太のを、私はトレンチコートの裾を払って淡に振り切った。
「健太の父親としての資格は、あの子をファミレスに置きりにして密会をねたあの、あなた自が完全に放棄したのよ。度と、息子の名をその汚れたで呼ばないで」
自ドアを抜け、ホテルの寄せにると、の夜がよく私の頬を撫でた。
タクシーに乗り込み、自宅のあるマンションの所を告げる。
窓を流れる京の美しい夜景を眺めながら、私はスマートフォンを取りし、寝にいるはずの息子へいメッセージを送った。
『健太、今から帰るね。の朝ごはんは、約束通りフレンチトーストを焼きましょう』
送信ボタンを押すと、ほんの数秒で『うん! お腹空かせて待ってる!』と返信が届いた。
かつての私は、「相を許し、波をてずに黙って耐え忍ぶこと」が美徳だとい込んでいた。
けれど、それは単なる現実逃避に過ぎなかったのだ。
理尽な悪に対しては、毅然として法と正義の境界線を引くこと。
それこそが、自分自の尊厳を守り、そして何よりする子どもに「正しくきる姿」を見せるための、親としての責任なのだと確信していた。