"娘の披露宴に新郎側が全員欠席――清掃員の夫が動いた" 第2話
を磨く夫の背
私の名は、眞壁千尋といいます。 今で歳になり、のさな印刷会社で営業事務の仕事をしています。 勤めてもうになります。
夫の涼は歳。 「相ビルサービス」という会社で、清掃員として働いています。
オフィスビルやホテルのを磨き、窓ガラスを拭き、トイレを洗う仕事です。 歳で現に入ってから、夫はずっとその仕事を続けてきました。
夫の朝はく、毎朝に起きます。 朝を済ませると、紺の作業着に袖を通します。 胸元には、い刺繍糸で「相」とさく縫い取りがありました。
夫はその作業着を、毎晩自分で洗います。 汚れを丁寧に洗いしてから洗濯に入れ、乾いたら几帳面にアイロンをかけます。
「のいる所を綺麗にするが、自分のをしわくちゃにしてたら笑われるだろ」
それが、夫の癖でした。 夫のはいつもし荒れていて、になると指先がパックリと割れていました。 私が販の塗り薬を差しすと、夫は「すまないな」とく受け取り、寝るに丁寧に塗り込んでいました。
夫と会ったのは、私が歳のでした。 に通いながら、格式ある「ホテル清澄」の宴会で配膳のアルバイトをしていました。
披宴が終わった夜、片付けの済んだ広な広で、で黙々とを磨いている若い男性がいました。
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きなポリッシャーを巧みに操り、鏡のようにをらせていく姿が印象でした。
私が誤って落としてしまったテーブルナプキンを、そのは嫌な顔ひとつせず拾ってくれました。
「すみません、せっかく綺麗にしていただいたのに」 私が恐縮して謝ると、彼は汗を拭いながら、懐っこく笑いました。
「いいんですよ。誰かが綺麗にしないと、誰も気持ちよく使えないですから」
それが、夫と交わした最初の言葉でした。 翌、私は歳でこのと結婚しました。 そしてその次ののに、娘の紗良がまれたのです。
夫の父親の宗郎さんは、昔、清掃関係のさな会社を営んでいたと聞いていました。 くに奥さんをくし、都内の古い借で暮らしをしていました。 私たち族と顔をわせるのも、お盆や正にふらりと訪ねてくるくらいでした。
いつも着古したジャンパー姿で、自分の昔の仕事の話をすることはほとんどありませんでした。
「親父の会社は昔、きな会社と緒になって名が変わったんだ。親父はもうを引いたよ。俺はその縁で現に入ったんだ」
夫から聞かされていたのは、それだけでした。 に義父がくなったも、遺言通りに族だけでひっそりと見送りました。 葬儀の際、相ビルサービスから派な供がつだけ届き、昔の縁を切にしてくれる会社なのだと、私は疑いもしませんでした。
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娘の紗良は歳になり、歯科医院で歯科士として働いて目になります。 素直で、誰に対してもいやりのある優しい子に育ちました。
紗良が学の、「お父さんの仕事」という作文をいたことがあります。 クラスの男の子に「おの父ちゃん、掃除のおじさんだろ」とからかわれたのがきっかけでした。
泣いて帰ってくるかといきや、紗良は唇をキュッと結び、居の机で原稿用に向かいました。
『お父さんは、みんなが気持ちよく使えるように、をピカピカにするです』
担任の先がきな丸をつけてくれたその作文は、今も居の棚の引きしに切にしまってあります。 夫は度読んだきり、照れくさそうに棚の奥へ押し込んでいましたが、嬉しそうでした。
紗良は、父親の仕事を度も恥じたことがありませんでした。 それが、母親である私にとって何よりの誇りだったのです。
そんな穏やかな々にさな波がったのは、今ののことでした。