"母の農地を狙う夫と離婚――元義母が見た光景" 第8話
波の果ての救急搬送
「幸恵さん!」
直売所の入り付で異変に気づいた奈津美は、抱えていたファイルを即座に若い社員に預け、脱兎の勢いで駆け寄った。
倒れ込む寸、幸恵の細い肩を抱き留める。
アスファルトので傷をしないよう、奈津美は素く自分の体を滑り込ませ、幸恵のを膝のに乗せた。
駆け寄ってきたが、取り乱して叫んでいる。
「母さん! おい、しっかりしろ! 目をけてくれ!」
「さん、騒がないで!」
奈津美の鋭いがんだ。
「呼吸はあるわ。でも脈が速くて皮膚がい。症と脱、それに極度の過呼吸よ! スタッフ、すぐに事務所から氷嚢とたいお茶を持ってきて! それと番通報、く!」
奈津美の確な指示に、直売所のスタッフたちが斉にきした。
たい保剤を首のろと両脇に挟み込み、うちわでを送る。かつて品流通の現で管理や救命講習を受けていた奈津美の際は、切の無駄がなかった。
数分、幸恵がうっすらと目をけた。
焦点の定まらない瞳が、自分の顔を覗き込んでいる奈津美の姿を捉える。
「……な……つみ……さん……?」
「無理に喋らないでください。今、救急を呼びましたから。たいを送っていますからね」
奈津美の声には、りも、嘲笑も、復讐のすら含まれていなかった。
ただ、目のの倒れたを救うための、静で誠実な気遣いだけがあった。
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それが、幸恵のを何よりも激しく打ちのめした。
自分は、この子の幸を見届けるためにやってきたのだ。
にまみれて惨めにいつくばる姿を見て、「ざまあみろ」と嘲笑うために、この灼の田舎町までを運んだのだ。
それなのに、この子は自分を罵ることもなく、汗だくになりながら、汚れも厭わずに自分の体を抱き起こし、命を守ろうとしてくれている。
「ご……め……」
掠れた声をそうとする幸恵を、奈津美は静かに制した。
「今は何も言わなくていいです」
くから、救急のサイレンがづいてきた。
直売所の敷にい緊急両が滑り込み、隊員たちがストレッチャーを広げて駆け寄ってくる。
「症の初期症状と見られます。識は戻りましたが、血圧のが見られますので、病院へ搬送します。ご族の方、同乗してください!」
隊員の言葉に、が震えるでちがった。
はストレッチャーに乗せられた母親を見つめた、すがるような目で奈津美を振り返った。
「奈津美……あの、おも……緒に来てくれないか?」
そのけない懇願に、奈津美は静かに、しかし然と首を横に振った。
「きません」
「え……?」
「私は、ここの責任者です。午から、お宅の会社の司の方々との、事な契約交渉が控えていますから」
奈津美は作業着の襟元を正し、のついた靴でしっかりとを踏みしめた。
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「病院には、あなたがで付き添ってください。もう、私には関係のないことです」
の顔から、すべての血の気が引いた。
かつて、自分が何をしても、母親がどれだけ無理難題を押し付けても、最にはため息をつきながら尻拭いをしてくれた妻。
その妻は、もうどこにもいなかった。
のに寄りかかり、責任を押し付けう母子を、奈津美は完全に自らの世界から切りしていたのだ。
「……すまなかった」
は力なく呟くと、度も振り返ることなく救急へと乗り込んだ。
赤灯のとサイレンの音が、の青空の向こうへとざかっていく。
奈津美はきく息を吸い込み、青く澄み渡った空を見げた。
背からは、会議の準備をえた農たちの呼ぶ声が聞こえていた。
「代表、準備ができました!」
「はい、今きます」
奈津美は汚れを払うようにのひらを叩き、確かな取りで、未来を勝ち取るための部へと歩きした。