"認知症の父を選んだ私を捨てた夫、5年後の再会" 第14話
私にをげた元夫
その、郎は予定通り交流会に参加した。
私の今の夫――倉田とも対面した。
夫は郎が私の元夫だとった、瞬だけ驚いたように目を見張ったものの、それ以は詮索するようなことは何も言わなかった。ただの「限界を迎えた介護族」として、真摯に郎の話にを傾けた。
母親の介護度の見直し、利用できるデイサービスやショートステイの選定、そして介護保険の域見守りサービスの配。
「さん、今で全部を決める必はありませんよ」
夫はかつて私にしてくれたのと同じように、穏やかな笑顔で言った。
「まずは、今夜お母さんとあなたがぐっすり眠れる方法から、ひとつずつ理していきましょう」
郎は何度も、何度もくをげていた。
、私が父のことで相談を持ちかけたとき、「さっさと施設にぶち込めばいい」と吐き捨てた男が。
いま、の温かい差し伸べに縋り、救われていた。
因果応報だとか、ざまあみろというは湧いてこなかった。婚のの酷な言葉を許したわけでもないし、父を侮辱された痛みが消えたわけでもない。
けれど、崖っぷちまで追い詰められたが、ようやく救いのロープを掴むことができたのだ。それだけで分だった。
それから数かが経った、あるの午。
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本社の受付スタッフから、内線が入った。
「青社、途採用の面接の方が見えられています。郎様という方ですが……」
私は類から顔をげ、わず聞き返した。
「……郎さん?」
「はい。ドライバー兼配スタッフの募集枠でご応募いただいています」
面接のドアをけると、そこには清潔なリクルートスーツにを包んだ郎が座っていた。
ホテルで再会したときの幽霊のような惨さは消え、頬には健康な血が戻っていた。髪もくえられている。
私が入すると、郎はサッとちがり、腰を直角に折ってく礼した。
「郎と申します。本は貴なおをいただき、誠にありがとうございます」
妙な覚だった。
かつての結婚活において、郎が私に対してをげることなど、ただの度もなかった。
何かを頼むですら、「やっとけよ」「妻なんだから当たりだろ」と、命令調だった男だ。
その男が今、私の会社の社員になるために、々とをげている。
「……どうぞ、座ってください」
私はデスクを挟んで腰をろした。
提された履歴に目を落とす。
交流会の、郎の母親は介護認定の区分変更を経て、週に回のデイサービスとショートステイを組みわせる活に移できたらしい。優秀なケアマネジャーが担当につき、郎自もようやくまとまった眠と休息を取れるようになったと聞いていた。
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ただ、の会社のような激務の営業職に戻ることは難しく、母親の突発な通院やケアに対応できる、融通の利く仕事を探していたのだという。
「……どうして、うちの会社に応募してきたの?」
私が率直に尋ねると、郎はしの躊躇った、まっすぐに私の目を見て答えた。
「配と見守りの仕事なら、母の介護スケジュールと両できる帯だったから……というのが、最初の理由です」
「それだけ?」
「……それと」
郎は唾をみ込み、膝のの拳を握りしめた。
「あの交流会の、ひまわりのお弁当を、母と緒に実際に取らせてもらったんです」
「そうだったの」
「……美しかった。母が、ここ数見たことがないくらい、綺麗に全部平らげたんです。『美しいね、郎』って笑って……。俺も、久しぶりに温かいメシをって、涙がました」
郎の瞳が、微かに潤んだ。
「お弁当ひとつで、あんなに救われるがいるんだって、をもってりました。だから……もし許されるなら、今度は俺が、誰かの力になる側になりたいとったんです」
正直に言って、迷いはあった。
元夫だからという私で採用するわけにはいかない。けれど同に、元夫だからという理由だけで払いにするのも、フェアではない気がした。彼が経験した「介護の獄」と「救われた経験」は、うちの仕事において何物にも代えがたい適性でもあったからだ。
そのとき、面接のドアが控えめにき、奥の休憩スペースから父がひょっこりと顔をした。
最の父は、の半をリビングや休憩のソファで穏やかに過ごしている。
スーツ姿の郎を見た父は、議そうに首を傾げた。
私は息を呑んだ。
父が郎の顔を覚えているか分からなかったし、もし嫌な記憶をいして取り乱したらどうしようかと構えたのだ。
けれど――父の顔に広がったのは、満面の破顔だった。
「おやあ? ……郎君じゃないか!」
郎が弾かれたようにちがった。
「お、お義父さん……」
「久しぶりだなあ! 最見ないから、転勤でもしちまったのかとってたよ」
父は嬉しそうにトコトコと歩み寄ってくると、郎の肩をぽんぽんと叩いた。
「君、うちのミックスフライが好きだったもんな。今もべていくかい? 今から揚げてやるよ」
郎の目から、粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
父は気づかない様子で、屈託なく笑っている。
「……俺のこと、覚えててくれたんですか……」
「何を言ってるんだ。昔からの事な常連さんを忘れるわけないだろ!」
父の記憶ので、郎が私と結婚したことも、私を傷つけて婚したことも、すべて綺麗に洗い流されていた。
残っていたのはただひとつ――毎のようにに通い、父の料理を美しそうに平らげてくれた「好きなお客さん」
としての郎の姿だけだった。
「今は……別の用事で伺いました。でも、またべさせてください」
郎が声を震わせて言うと、父は満そうに頷いた。
「そうかそうか。いつでもおいで。うちはいつでも歓迎だからな!」
そう言い残して、父は嫌よくをいながらっていった。
ドアが閉まった、郎は両で顔を覆い、肩を震わせて静かに泣いていた。
私は元の履歴をパタンと閉じた。
「……配達のルート配送から、始めてみる?」
郎が、濡れた顔をねげた。
「い、いいのか……? お……俺を雇って……」
「勘違いしないでね。元夫だからけをかけるわけじゃないわ」
私は背筋を伸ばし、経営者の顔を作った。
「うちのスタッフとして、プロとして働いてもらう。仕事でを抜いたり、利用者様に誠実な対応をしたら、容赦なく叱るしクビにするわよ」
「……はい」
「それから、お母さんの介護で急な休みが必になったは、絶対に隠さず、すぐにチームに相談すること。で抱え込まないこと。それが守れるなら、採用します」
私はデスク越しに、を差しした。
「これから、よろしくお願いします。さん」
郎は溢れる涙をの甲で乱暴に拭うと、両で私のを固く握り返した。
「……よろしくお願いします。青社」
その呼び声には、かつての傲な響きは微もなかった。
あるのはただ、しいを踏みそうとするのの、真摯な決だけだった。