"認知症の父を選んだ私を捨てた夫、5年後の再会" 第11話
「ただの専業主婦だったくせに」
「声がきいわよ、郎さん」
私が窘めても、郎のにはまるで届いていないようだった。
周囲にいたホテルの利用客やスタッフが、ぎょっとしてこちらを巻きに見つめている。
「なんでだよ……なんでおが会社の社なんかやってんだよ!?」
「なんでって言われても」
「おかしいだろ! 嘘だと言えよ!」
さやさんがすかさずにて、差し指を元に当てた。
「さん、ここロビーですから。のお客様のご迷惑になります」
そのややかなトーンに圧されたのか、郎はようやく声を潜めた。けれど、剥きしになった瞳には激しい揺と嫉妬が渦巻いている。
「だってお……ただの専業主婦だったじゃないか! 俺の扶養に入って、で飯作って掃除してただけの女だろ!?」
その言葉に、私はわず苦笑してしまった。
「ええ、そうね。あのは専業主婦だったわ」
「だろ!? なのに急に社だなんて――」
「でも、専業主婦だったは、しい仕事をしちゃいけないの?」
「そ、それは……」
「私はもともと料理の資格も持っていたし、実のでもずっと働いてた。もちろん経営のノウハウなんて最初は何もらなかったから、ぬ気で勉したわよ」
郎がを噤む。私は歩歩み寄り、静かに言葉をねた。
「それにね、会社をちげようとった最のきっかけは、お父さんの介護だったの」
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「……介護が?」
「ええ。婚した直、私は全部で抱え込もうとして完全にパンクしたわ。夜に徘徊する父を泣きながら探し回って、朝も起きがれなくなって、台所のでで絶望してた」
私の淡々とした告に、郎の肩がピクリとねた。
「その、域包括支援センターに駆け込んで初めてったのよ。このには、私と同じように族の介護で疲れ果てて、自分自の事すらまともに摂れなくなっているたちがほどいるんだって」
誰にも頼れず、限界を迎えている介護族。
買い物にもけず、誰とも言葉を交わさないまま孤独に暮らす齢者。
「私にできることは何だろうって考えた。父から受け継いだ料理の腕と、あの厨を使って、そういうたちに温かいご飯と、ほんのしのを届けることならできるんじゃないかって」
最初は、たったのさな作り弁当から始まったこと。
ただお弁当を置くだけでなく、否を確認し、困りごとがあれば域の支援関に繋ぐ仕組みを作ってきたこと。
「今でこそ政や企業とも提携して規模がきくなったけれど、私の会社の原点はそこにあるの」
郎は眉にい皺を刻んだまま、疑うような目を向けてきた。
「……じゃあ、親父さんはどうしたんだよ」
「え?」
「認症の親父を抱えて、そんな事業なんてできるわけがないだろ! まさか……どっかの施設に放りして見捨てたんじゃないだろうな?」
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その投げやりな問いかけに、昔の郎の傲さが微かに透けて見えた。
けれど、今の私にはその言葉の裏にある「何か」が、はっきりと見え始めていた。
「見捨てるわけないでしょう。私は今でもお父さんと緒に暮らしてるわよ」
「じゃあどうやって……」
「デイサービスも使ったし、訪問介護も入ってもらった。私がどうしてもけないは、ショートステイだってお願いしたわ」
郎の瞳が、激しく揺れた。
「そんなに……のを借りていいのかよ?」
「いいに決まってるじゃない」
「でも……実の親だろ!? 族がいるのに、に面倒見させるなんて――」
「族だからこそよ」
私はきっぱりと言い切った。
「族だからって、たったでを投げ打って全部背負い込む必なんて、どこにもないのよ」
郎が、息を呑んだまま固まった。
その姿を見て、私はさっきから胸の奥で燻っていた違の正体を、確信へと変えていた。
認症の症状に対する、妙に々しい詳しさ。
骨が浮きるほどに痩せこけた体。
サイズがわなくなったぶかぶかのスーツ。
目のに張り付いた、何ヶも眠れていないの濃い隈。
そして、「族が面倒を見るべきだ」という、呪いのような頑なさ。
私は、元夫の疲れ果てた目をじっと見つめた。
「……郎さん」
「な、何だよ」
「あなた、今ちゃんとお仕事してる?」
郎の細い肩が、びくりとねがった。
「し、してるに決まってんだろ! 営業の仕事バリバリやってるよ!」
「本当に?」
「当たりだろ!」
「じゃあ、どうして平のこんな真っ昼に、このホテルのロビーなんかにいるの?」
「今は取って休みなんだよ!」
「郎さん、今のこのフロアの催し、般の宿泊客向けじゃないわよ」
「…………」
「介護事業者と、宅介護を抱える族のための報交換会よ。般のサラリーマンがふらっとち寄る所じゃない」
郎の元が、刻みに震え始めた。
さやさんも何かに気づいたようで、息を呑んで郎を見つめている。
私は逃げを塞ぐように、静かに、けれど決定な問いを投げかけた。
「あなたのお母さん……認症がんでるんじゃないの?」
郎の顔から、すべての表が抜け落ちた。
それが、何より雄弁な答えだった。