"認知症の父を選んだ私を捨てた夫、5年後の再会" 第6話
で抱えた介護
婚して実に戻った当初、私は介護というものをどこかで甘く見ていた。
父はまだ自分でを着替えられるし、事もできる。お呂もトイレもでこなせる。
体調の良いであれば、厨にって昔と変わらない付けでフライパンを振ることだってできた。
「私がそばについていれば、なんとかなる」
本気でそうっていた。
もしばらくは営業を続けた。
私がメインで厨に入り、パートの田さんにも勤を増やしてもらった。を使う程だけは父をにせず、私が必ず横につく。
最初の数かは、それでなんとか回っていたのだ。
けれど、歯は確実に、そしてしずつ狂い始めた。
あるの夜。
玄関のドアが「ガチャリ」とく音で、私はね起きた。
廊にびすと、暗がりので父が革靴を履こうとしていた。
「お父さん!? こんなにどこくの?」
「だよ。仕込みしなきゃにわねえだろ」
「まだ夜のだよ。は真っ暗じゃない」
「何言ってんだ、もう朝だろ! くかねえと常連さんにられちまう!」
柱計を見せても、父の興奮はおさまらない。「遅刻するだろ!」と声を荒らげる父を、なんとか宥めてベッドに戻す。ようやく寝息をてたのを見届けて部に戻っても、私の目は冴え切ってしまっていた。
広告
そんなことが度や度ではなくなった。
夜に起きしたかとえば、け方に突然掃除を始めたりする。
昼も気が抜けなかった。私が買いしのためにを空けたわずか分のに、父が姿を消してしまうのだ。
あるは駅先の通りで保護され、またあるは、き母と昔よく散歩していた川沿いのベンチで見つかった。
そのたびに私は、息を切らしながらを駆けずり回った。
「どうして勝にてっちゃうの!?」
度だけ、スーパーの裏で見つけた父に、を爆発させて鳴ってしまったことがある。
父は怯えた子どものような顔で私を見げ、震える声で言った。
「……すまんな、都子」
その顔を見た瞬、激しい自己嫌悪が押し寄せてきた。
父は私を困らせようとして徘徊しているわけではない。番で、番混乱しているのは父自なのだ。
では分かっている。けれど、と体が限界だった。
性な眠。
の切り盛り。
のような事。
そして、いつ父がいなくなるか分からないという底なしの緊張。
ある朝、噌汁の鍋をにかけたまま、私は台所のに崩れ落ちた。
に力が入らず、ちがることができない。
様子を見に来た父が、配そうにおずおずと声をかけてきた。
「都子……具でも悪いのか?」
「丈夫、ちょっとちくらみがしただけ」
広告
「今は、休むか?」
「ううん、丈夫」
けれど、そのわずか。
父は全く同じトーンで、同じ質問を繰り返した。
「都子、具でも悪いのか?」
「丈夫だよ」と笑いながら、私のので何かがパキリと音をてて折れた。
客のピークに対応できなくなり、の営業を週にまで減らした。
当然、収入は激減した。
が働かず、注文の順番を違えたり、お釣りを渡し違えたりすることも増えた。
父を支えるために戻ってきたはずなのに、このままでは揃って共倒れになってしまう。
それでも、誰かに助けを求めることはできなかった。
「親の面倒を見るのは族の責任だ」というい込みが、分い壁のように私の周りを取り囲んでいた。
何より、「ほら見ろ、俺の言った通り介護なんて無理だっただろ」という郎の嘲笑が、かられなかったのだ。
あの男を見返すためにも、私でちゃんとやり遂げなければならない――そんなちっぽけなが、私自の首を絞めていた。
限界が訪れたのは、のる肌寒い夜だった。
父がまたから消えた。
所を傘もささずにり回り、名を呼び続けて。ようやく交番から「保護しました」と連絡が入った。
署にをげて父を連れ帰り、玄関先でだらけになった靴を脱がせていたときのことだ。
ポロポロと、勝に涙が零れ落ちて止まらなくなった。
疲れた。
もう怖い。
消えてしまいたい。
それでも、父ので泣き崩れるわけにはいかなかった。
父をなんとか寝かしつけた、私は真っ暗な台所のにうずくまり、両でを塞ぎながら声を押し殺して泣いた。
翌朝、洗面所の鏡に映った自分の顔を見て息を呑んだ。
気の肌に、く窪んだ目元。そこには、代の面すら失いかけたける屍のような女がいた。
このままでは、父を支えるに私がんでしまう。
で緒にきていくために婚したのに、で壊れてしまったら何のもないじゃないか。
私は震えるで、以役所でもらって引きしの奥に突っ込んであったパンフレットを引っ張りした。
表には「域包括支援センター」の文字と、話番号が記されていた。
受話器を握る指先が、さく震えていた。
助けを求めることは、自分の敗を認めることのようにえて怖かったのだ。
けれど私は、を決して番号をプッシュした。
その本の話が、父の余だけでなく、私自の運命をもきく塗り替えることになるとは、そのの私にはる由もなかった。