"認知症の父を選んだ私を捨てた夫、5年後の再会" 第5話
父を選んだ
パートさんからの鳴のような話を受け、私はなりふり構わずをびした。
昼の営業を終えた父が「ちょっと野菜を見てくる」と言い残してたきり、以も方が分からなくなっているという。スマートフォンすら厨に置いたままだった。
父がいつも通っている百やスーパーを、息を切らしながら片っ端から探した。
軒目のスーパーの駐。その片隅のフェンス際で、キャベツの詰まった段ボール箱を抱え込んだまま、面にへたり込んでいる父を見つけた。
「お父さん!」
膝をついて肩を揺すると、父はおずおずと顔をげた。
私の顔を界に捉えた瞬、張り詰めていた糸が切れたように、父の眉がの字にがった。
「都子……よかった……」
「こんなところで何してるの? 怪はない?」
「それがな……」
父はけなそうに、泣きしそうな顔で笑った。
「どうやってに帰ればいいのか、どうしても分からなくなっちまったんだ」
段ボールごと父の体を抱きしめた。
もう、「ただの疲れ」で片付けることはできなかった。
、きな病院の物忘れ来で検査を受けた。
された診断は、アルツハイマー型認症の初期段階だった。
常活のすべてに介助が必なわけではない。けれど、直の記憶を留める力や、空な見当識が確実に衰え始めていると告げられた。
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医師の淡々とした説を、父は膝ので拳を握りしめながら聞いていた。
帰り、夕暮れの駅を並んで歩きながら、父がぽつりと零した。
「……俺、はどうすりゃいいんだろうな」
何も包丁本できてきた男だ。「もう辞めればいい」なんて言葉が、私のからるはずもなかった。
「今すぐ全部決めなくてもいいよ。これから緒に考えよう」
その夜、帰宅した郎に検査結果をすべて伝えた。
藁にもすがるいだった。これから父の暮らしをどう支えるか、をどうしていくか、夫婦として緒にを悩ませてほしかった。
けれど、郎はテレビのリモコンを弄りながら、せせら笑うように言った。
「ほらな、やっぱりボケてたんじゃん」
「郎さん、そんな言い方やめて」
「事実だろ。だから言ったんだよ、寄りなんてあっというにガタが来るって」
画面から目をさないまま、郎は気のない声で続けた。
「で? さっさと施設探すんだろ」
「まだでできることもたくさんあるの。いきなり施設に入れる必はないって先も――」
「じゃあどうすんだよ」
「しばらくの、私が実に泊まり込んで様子を見ようとうの。どんなサポートが必か見極めたいし」
郎が、信じられないものを見るような目でこちらを振り返った。
「……はあ?」
「にしておくのは配だから」
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「言っとくけどな、うちのにあの親父を連れてくるのは絶対に嫌だからな」
「だから私が向こうに通うって言ってるでしょ」
「結婚してんのに別居する気か? ありえないだろ!」
郎がちがり、ダイニングテーブルを激しく叩いた。
「俺の親ならともかく、なんで俺がおの父親のために活を狂わされなきゃならないんだよ!」
「あなたに介護を伝えなんて言も頼んでない!」
「同じことだろ! おがいなきゃ誰が俺のメシ作って掃除すんだよ!」
郎の顔がりで赤黒く染まっていく。
「認症なんてな、そのうち俺たちの顔も忘れて徘徊して、垂れ流しになるんだよ! そんな化け物みたいな寄りと関わってられるか!」
「お父さんを化け物呼ばわりしないで!!」
張り裂けそうな声で叫んだ私を、郎は酷に見据えた。
「じゃあ選べよ」
「何を……?」
「俺と、あのボケた親父。どっちをとるんだ」
その瞬。
激しく波打っていた私ののが、すうっと静まり返っていった。
結婚してからの、私は自分のに蓋をし続けてきた。
仕事を辞めさせられ、父のに顔をすのにも夫の顔を窺い、理尽に鳴られても「私が至らないからだ」と言い聞かせてきた。
でも――父を切り捨てることだけは、絶対にできなかった。
母がくなった、父は自分のだったホテルの仕事を辞めてまで、私と向きうを作ってくれた。
私がで寂しいいをしないようにと、温かいご飯を作って待っていてくれた。
今度は、父がになろうとしている。
暗のに取り残されそうになっている父のを、どうしてすことなどできるだろうか。
「……お父さんを、にはできない」
郎の細い目が、さらに吊りがった。
「じゃあ婚だな」
以の私なら、その言に怯えて泣きついていたかもしれない。
けれど、私のからた言葉は、自分でも驚くほど乾いていて、静かだった。
「分かりました。婚しましょう」
「……は?」
「婚届、用してください」
「お……本気で言ってんのか?」
郎は狼狽したように目を泳がせた。私が泣いて謝るとっていたのだろう。
「介護なんか始めたらな、おのはそこで終わりなんだぞ! も潰れて、仕事もできなくて、世から取り残されるんだ! 俺と暮らしてりゃ何自由なく暮らせるのに、馬鹿じゃねえのか!?」
「それでも構いません」
そののうちに、必最限の荷物をスーツケースに詰め込んだ。
夜更けのを歩きながらじていたのは、先きの見えないよりも、胸の奥を満たしていくい堵だった。
父の介護のことなど、何ひとつ識はない。
仕事も収入もない。
父の病気がどこまでんでしまうのかも分からない。
それでも、誰かの顔を窺わなければ息もできないあの活に戻るよりは、何百倍もましだった。
実のドアをけると、玄関のかりをつけて起きていた父が、驚いたように顔をした。
「都子? どうしたんだ、こんなに」
「お父さん……しばらくここに泊まってもいい?」
「郎君はどうした?」
瞬だけ言葉に詰まったけれど、私は笑顔を作って言った。
「ちょっとね。しばらくお父さんのご飯、私が作るから」
父はそれ以、何も詮索しなかった。
ただ、昔と変わらない穏やかな声で言った。
「そうか。じゃあの朝は、美いオムレツでも焼いてやるか」
「うん、べたいな」
そうして、私と父のしい活が始まった。
そして。
ホテルの華やかなロビーで、元夫はあの頃と同じように私を見ろして笑った。
「あの別れて正解だったよ。俺の今の嫁、社なんだぜ?」
郎はまだ気づいていなかった。
この所で、本当ので自分のでち、会社をかしているのが誰なのかを。