"倒産寸前の事務所が雇った、子連れ清掃員の正体" 第11話
ママが見える所
コンペの勝利から半が経過した、初の午。
かつて寂れた倉庫だった都のウォーターフロントは、信じられないほどの賑わいを見せていた。
修復されたな赤レンガの壁面と、波のようにうねる美しいガラスの根。からのよいが吹き抜ける広には、をつないで散歩する老夫婦、テラス席で談笑する子のグループ、そして楽しそうに駆け回る子供たちの笑い声が満ち溢れていた。
「桐さーん! 追加のサイン計画の施確認、終わりましたよ!」
広の向こうからりに駆けてきたのは、きやすいパンツスーツにを包み、図面ケースを抱えたさち子だった。
その胸元には、誇らしげに輝く級建築士のバッジ。かつて作業を着て、怯えるように面接にやってきた女性の姿は、もうどこにもなかった。今や彼女は、何もの現監督や職たちから絶な信頼を寄せられる、本を代表する気鋭の女性建築として、業界誌の表を飾るになっていた。
「お疲れ様、さち子さん。完璧な仕がりだったよ。歩者の線も、当初のシミュレーション通りに流れてる」
「桐さんのサインデザインのおかげです。くから見ても、どこに何があるか目で分かりますもの」
が顔を見わせて微笑みっていると、広の奥にある遊具エリアから、元気いっぱいの声が響いた。
広告
「おーい! パパー! ママート!」
ピンクのワンピースを着た美咲が、製スロープの頂からきくを振っていた。すっかり背が伸び、来には学になる美咲の隣には、事務所のしいスタッフたちが笑顔で見守っていた。
「パパ、くきてー! ここからね、がぜんぶ見えるよ!」
「はいはい、今くよ!」
俺が駆け寄ろうとすると、さち子がふふっと吹きした。
「すっかり『パパ』が板につきましたね、さん」
「最初は『おじさん』だったのにな。……でも、嬉しいよ」
半、俺とさち子は正式に入籍した。事務所の経営も軌に乗り、かつての雑居ビルから、この再発エリアの角に構えた放なオフィスへと移転を果たしていた。
スロープので美咲を抱きげると、娘は俺の首に腕を巻きつけ、得げに広を見ろした。
「ねえ、パパ。美咲ね、この所好きなの」
「どうして?」
「だってね、どこにっていっても、パパとママがちゃーんと見えるんだもん!」
俺とさち子は、わず目を細めて見つめった。
あの、倒産寸の暗い事務所で、歳の美咲が模型を覗き込んで言った言葉。
『ここから、ママが見えないよ』
あの言が、すべての始まりだった。
傷つき、を奪われ、暗ので自分を見失っていたのが、の女の無垢な瞳に導かれ、もう度を信じ、自分を信じる勇気を取り戻したのだ。
いい仕事とは、名声や富のためにあるのではない。
そこに集う誰かが、しだけし、しだけ誇らしく、切なと笑顔を交わしえるようにするためにある。
が吹き抜け、赤レンガの広を黄の夕陽が優しく包み込んでいく。
しっかりとを繋ぎったのいが、しく息づくの舗装のに、どこまでも温かく、まっすぐに伸びていた。