"倒産寸前の事務所が雇った、子連れ清掃員の正体" 第3話
図面を恐れる指先
翌朝半。瀬さち子は、昨と同じ褪せた作業を着て、定刻の分に事務所のドアをけた。
「おはようございます。本よりよろしくお願いいたします」
「おはようございます。いですね」
俺は掃除用具の置き所と、溜まりに溜まった過の案件ファイルの理ルールを簡単に説した。
「分からない古い資料や、クライアントの名が入った図面は、無理に触らなくて結構ですから」
「分かりました」
さち子の仕事ぶりは、まさに圧巻の言だった。
単に埃を払って掃除をかけるだけではない。事務所の壁面を占領していたスチールラックの類を、度別、クライアント別、さらには匠登録の無や契約ステータスごとに完璧に分類していく。乱雑に丸められていたトレペや青焼きの図面は、折り目つつけずに平らに伸ばされ、サイズごとにインデックスを貼って専用の図面ケースへ収められていく。
昼休みを迎える頃には、まるで別の事務所に引っ越してきたかのように、フロアの空気が澄み渡っていた。
「……瀬さん、際が良すぎますよ。プロのファイリング技術ですね」
「の職でも、図面や確認申請類の理は常茶飯事でしたから」
さち子は淡々と答え、すぐに雑巾をバケツので固く絞り直した。
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自分の過の職歴について、自する気も懐かしむ気も微もないようだった。
午を過ぎた頃、ふとさち子のが止まった。
彼女の線の先には、窓際の作業台のに置かれた、製作途の建築模型があった。来週プレゼンを控えている、駅の面型カフェの内装模型。スチレンボードを切り貼りして作った、俺の現形の仕事だった。
「……何か、気になりますか?」
俺が声をかけると、さち子は弾かれたように線を逸らした。
「いえ、何でもありません。お邪魔いたしました」
そのの夕方。さち子は度保育園へ美咲を迎えにき、事務所に置き忘れた帳を取りに戻ってきた。
「すみません、すぐ失礼しますので」
さち子が玄関先で靴を脱ぎかけた、ろからトコトコと入ってきた美咲が、作業台のの模型を見つけて駆け寄った。
「わあ……! ママ、これなに? お形のおうち?」
「美咲、触っちゃ駄目よ」
「さわってないよ、見るだけ!」
美咲は作業台の縁に顎を乗せ、模型の入り部分を覗き込んだ。
「ここから、てくてく入るの?」
「そうだよ。そこがおのドアなんだ」俺が屈んで答えると、美咲は首を傾げた。
「じゃあ……ママはどこにすわるの?」
「え? ママはね、この奥のソファー席だよ」
「えー、やだ。美咲がここにってたら、ママが見えなくなっちゃうもん」
その言に、さち子のきが完全に静止した。
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さち子は無言のまま美咲の隣に膝をつき、娘と同じ目線のさまでをげて、模型の部をじっと覗き込んだ。
「……本当だ」
さち子のから、さな呟きが漏れた。
「瀬さん、何か問題がありますか?」
俺が尋ねると、さち子は躊躇するように唇を噛んだ。しかし、建築士としての本能が、彼女の沈黙を許さなかった。
「……入りから入ってすぐのこの位置に、さ百センチの型ディスプレイ什器が配置されています。の線ならフロア全体を見渡せますが、百センチの子供の目線だと、この什器が完全に角を作ってしまい、奥の客席にいる保護者の姿が見えなくなります。子供がをじてち止まる原因になります」
「あ……」
「それから、厨の配膳からの客席への線ですが、通幅がセンチしかありません。混雑にホットコーヒーを運ぶスタッフと、トイレに向かう客が交差した際、接触事故が起きるリスクがあります」
俺は元の図面を引っぱりし、赤ペンを握りしめた。言われてみれば、その通りだった。俺は机ので「見た目のお洒落さ」ばかりを追求し、実際にその空をき交うの線や体のきを、何つリアルに像できていなかったのだ。
「瀬さん、ここ、どう直せばいいといますか?」
俺が鉛を差しすと、さち子は怯えたように歩ずさりした。
「すみません……私、清掃員なのに、過ぎたことを申しげました」
「過ぎてなんかいない! 級建築士の見でしょう。教えてください」
「やめてください!」
さち子のから、鋭い鳴のような声ががった。
「私はもう、設計はしないんです。度と鉛は握りません……! 失礼します!」
さち子は美咲のを激しく引っ張るようにして、逃げるように事務所をびしていった。
残された事務所ので、俺は呆然とち尽くしていた。
できないんじゃない。彼女ののには、完璧な空の設計図が鮮に描かれている。
それなのに、彼女は鉛を握ることを、まるで劇薬に触れるかのように恐れていた。