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"貧乏なふりで結婚挨拶へ――彼女の父に正体を見抜かれた" 第13話

今度は、とぼけない

私と希がれて籍を入れたのは、その翌の桜が満を迎えたのことだった。

両の背景を考えれば、都内の会で政財界の鎮を招いたド派な披宴を催す選択肢も当然あった。だが私たちは、双方の族と、本当に親しい友たちだけを招いた、ささやかで温かなレストランウェディングを選んだ。

神だからでも、川だからでもない。

これからのを共に歩むで、何ヶも話しって導きした結論だった。

父の征司は式の直まで「もうし業界関係者を呼んでも格好がつくだろうに」と満を漏らしていたが、宗郎が「本たちが納得して決めた形式なら、親がを挟む筋いではないでしょう」と蹴した。

その言葉を聞いた父が「川さんは、ずいぶんと角が取れて丸くなられましたな」と皮肉交じりに笑うと、宗郎は静かに微笑んで返した。

「娘に度、酷い失敗を経験させましたからね。親のメンツなど、子どもの本当の笑顔に比べれば芥に過ぎませんよ」

父は押し黙り、それ以何も言わなくなった。その言葉のみを、自分の胸に照らしわせていたのかもしれない。

結婚式の数、私は所用で訪れたターミナル駅で、ふと洗面所の鏡のにった。

鏡を見つめる。

のあの、私はこの鏡ので、必になって自分をみすぼらしく見せるための細を施していた。

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袖の擦れたスーツ。

入れを怠った古い靴。

わざとした首の計。

あのの私は、相から傷つけられることを極度に恐れ、相を値踏みし、自分だけが全な所に逃げ込もうとしていた。

今、鏡のにっている私は、特別に派な物になったわけではない。

さな技術会社で毎油にまみれ、終際まで図面と格闘するしがないエンジニアであることに変わりはない。

父とは今なお経営改革を巡って鳴りいの議論を続けているし、私が提したガバナンス改革案の半分は依然として棚げされたままだ。

宗郎からも、折会の席で経営の本質について痛烈なダメしをらう。

希とだって、活の些細な価値観の違いで衝突し、居のカーテンのつで丸を利かなかったことさえある。

だが、今の私は、相がい通りにならないからといって「どうせこのは分かってくれない」と背を向け、全な殻に閉じこもることは決してしなくなった。

鏡に映る首を見る。

そこには、社会目のボーナスで買った、飾りのない用の腕計がしっかりと巻かれている。

今の私には、これで分だった。

誰かから当に貧しく見られる必もなければ、実の富を笠に着て偉そうに見せる必もない。

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洗面所をると、改札ので希が待っていた。

「遅いよ、優馬」

「ごめんごめん、ちょっとを洗ってた」

「また鏡ので、昔の変な儀式でもいしてたんでしょ」

希が悪戯っぽく目を細める。

「バレた? あの擦り切れた濃紺のスーツのことをいしてたんだ」

「あれ、本当に絶望に似ってなかったからね」

「そこまで言わなくてもいいだろ」

で顔を見わせ、声をてて笑いった。

結婚も、私たちはしばらくの、私が暮らしをしていたあのLDKの賃貸マンションで暮らすことに決めていた。

川からは都の広なマンションを譲渡しようかという提案もあったし、父の征司からも「くらいキャッシュで買ってやる」と言われた。

だが私たちは、で話しい、丁寧にその申しを辞退した。

頑なにを張って突っぱねたわけではない。将来、子どもがまれてどうしても狭になったり、親のサポートが必になったりしたには、ありがたく支援の恵を借りるつもりだ。

ただ、「今のの活の基盤」は、まず自分たちの稼ぎと判断で築きげたいという共通の志があった。

昔の私にとっての「自」とは、親の恩恵をすべて拒絶し、孤してを張ることだった。

だが今の私にとっての自とは、自らのルーツや境遇をすべて引き受けたで、何を受け入れ、何を断るのかを、自分ので考え、自分の言葉で説して選び取ることだ。

ある休の夕方。

希を伴って、私たちは久しぶりに川の敷へと事に訪れた。

派な庭を抜け、玄関に入ると、奥から現れた宗郎が私をからへと眺め、端を釣りげた。

「ふむ……今も普通のなりだな」

「はい」

「もう、とぼけに来る気はないのかね?」

私は屈託なく笑って返した。

「とぼけたところで、お父さんには瞬で見抜かれてしまいますから」

「そういう問題ではないと言っているだろうが」

横で、希と真子さんが吹きした。

なら、宗郎の何気ない言の裏を必に読み取ろうと構えていただろう。だが今は、ただ族としての温かな軽として受け止めることができた。

美しい料理を囲み、酒杯を傾けながら、宗郎がふと父の話題をにした。

「そう言えば征司さん、最し様子が変わったぞ」

「父がですか?」

「先の製造業の同フォーラムでな、壇からりた、若い技術者たちのブースを回ってに見を聞いていた」

驚いて目を見張った。

「あの頑固親父が……ですか?」

「ああ。まあ、途で回ほど『俺の若い頃はだな』とを挟んで、周囲を苦笑させていたがな」

「あはは、それならいつもの親父ですね」

宗郎が豪に笑い、広が温かな空気に包まれる。

は、劇に別へとまれ変わることなどできない。

だが、互いを尊し、逃げずに対話をねていくことで、しずつ、しずつ変わっていくことはできるのだ。

父も、宗郎も、私自も。

そして、私と希の関係も。

帰り、灯が灯り始めた閑静な宅の坂を、希と肩を並べて歩いた。

彼女がそっと、私の腕に自分の腕を絡めてくる。

柔らかな温もりが、コート越しに伝わってきた。

「ねえ、優馬。の最初の挨拶の、覚えてる?」

「……できることなら、記憶から抹消したい黒歴史だよ」

「ふふっ、私は結構気に入ってるけどね」

「あんな最悪のをか?」

「だって、あののお父さんの烈なお説教がなかったら、優馬はずっと私に隠し事をしたまま、で卑屈に殻に閉じこもっていたかもしれないでしょ?」

ぐうの音もなかった。

「……確かに、その通りだな」

「でしょう? だからね、私たちの結婚には、あのが絶対に必だったのよ」

夜を吸い込みながら、私は空を見げた。

灯のの向こうに、の座が凛とした輝きを放っている。

希の言う通りだった。

私は相の本性を暴き、品定めするために、貧相ななりという罠を仕掛けた。

だが、あの広でのに晒されたのは、相の浅ましさなどではなかった。

者を信じる勇気を持てず、自分自を肯定することもできず、都のいい仮面を被って逃げ回っていた、私自のささだったのだ。

肩きだけでを測ることを誰よりも軽蔑しながら、私自が最も肩きという呪縛に囚われていた。

してほしいと願いながら、誰も信じていなかった。

ありのままの自分を見てほしいと叫びながら、ありのままを曝けす覚悟がなかった。

そのすべてを瞬で見抜いた男が、広で最初に放ったあの言葉が、今でも鮮やかに蘇る。

――なかなか、とぼけるのが達者だな。

今なら、その言葉にからの謝を込めて笑うことができる。

「希」

「ん? なに?」

「俺、もう絶対に君のでとぼけたりしないから」

希が顔をげ、悪戯っぽく私の横顔を覗き込んできた。

「ってるよ」

「信じてる?」

「……今はね」

「『今は』って何だよ」

希は鈴を転がすように軽やかに笑った。

「当たりでしょ。信頼関係っていうのはね、度に入れたら効な永久パスポートじゃないんだから。毎の積みねで更していくものなの」

私は参ったように肩をすくめ、笑った。

「厳しいな、奥さんは」

「普通のことを言っているだけですー」

その「普通」という言葉に、私はもう度、く微笑んだ。

川の広な敷も。

神グループの巨な富も。

私たちが暮らすさなLDKの部も。

置かれた環境によって、それぞれの「普通」の形はまるで違う。

切なのは、自分の物差しを相に押し付けないこと。

そして、相を疑って試すに、まず自分自のさも含めた本当の姿を、誠実に差しすことだ。

私はこの回りを経て、ようやくそのシンプルな真実に辿り着くことができた。

希のを、私のコートのポケットのでしっかりと握りしめる。

たい夜のにあっても、繋いだのひらは驚くほど温かかった。

神優馬。

巨なに怯えて逃げし、自分を見失い、恋を傷つけ、それでも切なたちと向きうことで、ようやく自分のでちがった、ただの器用な男。

それでいい。

これこそが、私というの、偽らざるすべてなのだから。

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