"貧乏なふりで結婚挨拶へ――彼女の父に正体を見抜かれた" 第11話
もう度、川へ
最初のみすぼらしい訪問から、ちょうどが過ぎたの初め。
休のデートの帰り、駅のイルミネーションを見げながら、希がふいに私のコートの袖を引いた。
「優馬。もう度、私の実にってくれる?」
私はを止め、彼女の澄んだ瞳を見つめた。
「……もちろん。んで」
「今度はね、ちゃんとした『結婚の挨拶』としてだよ」
胸の奥に、いものがこみげてきた。
だが、のような息の詰まる焦燥や見栄は、どこにもなかった。
「分かった。しっかりと準備していくよ」
「緊張してる?」
「よりは、ずっと健全な緊張だよ」
希がくすくすと笑った。
「回は、自分で変な罠を仕掛けて勝に自爆してただけだからね」
「本当にその通りです……何も言い返せません」
自宅に戻った夜、私はクローゼットをけた。
のあの朝、私は鏡ので「どれを着れば最も貧相に見えるか」と浅ましい計算を巡らせていた。
だが今夜、私がにとったのは、普段から切な取引先との商談やプレゼンの際に着ている、自分の料で仕てた質なチャコールグレーのスーツだった。級インポートブランドではないが、丁寧にブラシをかけ、入れを怠っていない着だ。
靴も、しっかりと磨きげた用の革靴を選んだ。
腕計も、社会になって最初のボーナスで買った、飾りのないシンプルなクロノグラフを腕に巻いた。
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を削って貧相に見せる必もなければ、実の威を借りて虚勢を張る必もない。
ありのままの自分を、ただ丁寧にえて臨むだけでよかった。
訪問の当、私たちはと全く同じ駅でをりた。
同じ改札を抜け、同じ商を通り、同じ閑静な宅の坂を並んで歩く。
だが、目に入ってくる景の彩度は、とはまるで違っていた。
威圧に見えていたい壁の塀も、今ではただ「希が幼期から慈しまれて育った温かな」の境界線として、素直に目に映った。
な造の扉がく。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
迎えてくれたのは、と同じ執事の佐久さんだった。
私を認めると、佐久さんはふっと目元をらげ、々とをげた。
「神様、変ご無汰しております。本はようこそお越しくださいました」
「ご無汰しております。本はよろしくお願いいたします」
玄関をがり、案内された広の引き戸がく。
そこには、川グループ会・川宗郎と、母親の真子さんが静かに座して待っていた。回は挨拶もまともに交わせないまま逃げ帰ってしまったため、真子さんと対面するのはこれが実質な初顔わせだった。
私はの正面へみて、背筋を伸ばし、々と礼した。
「改めまして、神優馬と申します。
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は、私の未熟さと誠実さのせいで変なご無礼を働きましたこと、よりくお詫び申しげます」
真子さんは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
宗郎は、あのと同じように、鋭い線で私をからへとゆっくり見定めた。
えられた髪。
入れのき届いたスーツ。
磨かれた靴。
そして、首の計。
と同じ沈黙が流れた。だが、その沈黙の質は決定に異なっていた。
やがて、宗郎の元がわずかに綻んだ。
「――今は、とぼけに来たわけではないようだな」
わず、私と希のから同にさな笑いが漏れた。
「はい」
私は顔をげ、宗郎の目を真っ直ぐに見据えて答えた。
「もう、とぼけるのはやめにしました」
宗郎も満そうにさく頷いた。
広の空気が、ふわりと温かくらいだ。
だが次の瞬、宗郎は表を引き締め、と寸分違わぬみのある問いを投げかけてきた。
「では、改めて聞こう。……神優馬君、君は今、何者としてここへ来たのかね?」
迷いは、爪の先ほどもなかった。
「神優馬として参りました」
私の澄んだ声が、静寂な広に響き渡る。
「神グループ会の息子であり、株主としての責任を背負うです。それと同に、さな町のような技術会社で誇りを持って械を設計している、のエンジニアでもあります」
宗郎が眉をかした。
「かつて父と衝突してをびした過も、今なお父とぶつかりいながら対話を続けている現も、そのすべてが私自であると、ようやく受け入れることができました」
私は隣に座る希の横顔を見つめ、再び宗郎へと線を戻した。
「そして何より今、ここへ参りました最の理由は――希さんの隣で、彼女と共にを歩んでいきたいと願う、の男としての覚悟をお伝えするためです」
広が、静まり返った。
の私なら、この沈黙に耐え兼ねて、相の表を必に読み取ろうと線を泳がせていただろう。
だが今の私は、ただ静かに相の言葉を待つことができた。
自らのすべてを曝けしたに、もはや恐れるものなど何つなかったからだ。
やがて、宗郎が向かいの座布団を静かに指し示した。
「……楽にして座りなさい」
私と希が並んで腰をろすと、宗郎は腕を組み、穏やかな差しで私を見据えた。
「では、今度こそ腰を据えて、君というの話をじっくり聞かせてもらおうか」
胸の奥を締め付けていた最の張りが、すうっと温かい呼気となって溶けっていった。