"貧乏なふりで結婚挨拶へ――彼女の父に正体を見抜かれた" 第3話
の会議
敷にを踏み入れた瞬から、私は自分のなりばかりを気にしていた。
磨き抜かれた黒御の式台。
季節のが見事に活けられた巨な瓶。
廊の壁にさりげなく掛けられた、美術館に飾られていてもおかしくない本画。
どれつとして成趣の派さはない。けれど、その研ぎ澄まされた静謐さこそが、本物の名である証だった。
靴を脱ぐ際、私はつま先の擦り傷を隠すように、無識のうちにを内側へ引いた。
「こちらへどうぞ」
執事の佐久さんに案内され、畳敷きのい廊をむ。
希は実に戻った堵からか、いつもの穏やかな表を崩していない。
だが私は、歩を踏みすごとに、自分が仕掛けてきた「みすぼらしい男」という設定のあまりの滑稽さに、内臓を素で握りつぶされるような羞恥を覚えていた。
私はこのの々が、貧相な私を見て顔をしかめる瞬を待ち構えるつもりだった。
だが、本当に何の力も持たないならまだしも、実際の私は違う。
神グループの創業にまれ、いざとなれば莫な株式という全網を背負っているのだ。その事実を都よく懐に隠したまま、貧乏な被害者のふりをして相の性を品定めしようとしていた。
どれほど卑怯で、誠実な為だったか。
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通された応接には、な本革張りのソファが据えられていた。
きな見障子の向こうには、美しく入れされた庭が見える。
「お父様、すぐにお見えになりますから」
希がソファに腰掛けながら言った。
私はその隣に、浅く腰をろした。膝のでぎゅっと両を組む。したままの首が、々と剥きしになっていて落ち着かない。
「優馬?」
「……え?」
「本当に丈夫? さっきから顔がすごく青いよ」
「あ、いや……ただ緊張してるだけだよ」
「お父さん、仕事では厳しいだけど、柄とか学歴でを判断するようなじゃないから。本当にして」
その無邪気な励ましが、鋭い針となって私の臓を突き刺した。
相が柄を気にするかどうかを疑い、わざわざ粗末な格好をして罠を仕掛けにきた男が、今、その娘の隣に座っているのだ。
「そうなんだ……」
引きつった声で返すのが精杯だった。
希は私を信じている。今のみすぼらしい格好についても、何か事があるのだろうと好に受け止めてくれているのかもしれない。
そんな彼女を、私はのどこかで疑い続けていたのだ。
『もし私が神の御曹司だとったら、この純粋な態度は変してしまうのではないか』という疑を、もの、の奥底で放せなかった。
「……今からでも、引き返そうか」
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喉元までかかったその音を、廊から響いてきた音が遮った。
ゆっくりと、を踏みしめるような、迷いのない音。
希がすっと背筋を伸ばした。
私も反射にちがる。
引き戸が静かにいた。
部に入ってきた物の顔を見た瞬、私の呼吸が完全に止まった。
川宗郎――。
経済誌や主聞のトップインタビューで、数え切れないほど目にしてきた顔だった。
代半ば。髪の混じった髪を隙なく撫でつけ、い濃紺のウールジャケットを自然体で着こなしている。
画面越しに見るような威圧なトゲは削ぎ落とされていたが、それでも何万もの従業員を束ねてきた最権力者特の、周囲の空気を瞬で鎮める圧倒な圧があった。
「お父さん」
希がちがってをげる。
宗郎は娘にさく頷いた、その鋭い線をゆっくりと私へと移した。
「初めまして」
私は歩にみた。
「神優馬と申します。本はお忙しい、貴なおをいただき、誠にありがとうございます」
できる限りく、誠実なトーンを保とうと努めながら、くをげた。
をげたも、宗郎は無言のまま私を見つめていた。
私の顔。
肩。
擦れのあるスーツの襟。
傷の入った靴。
そして――何もない首。
その切れの瞳が、値踏みするように、ゆっくりとにく。
見つめられている数秒、背筋を氷の粒が滑り落ちていくような悪寒がった。
ほんの秒らずのだったとう。だが私には、それが数にも引き延ばされた拷問のようにじられた。
(やはり……この粗末ななりを見て、娘の相として相応しくないと軽蔑しているのか……?)
私は無識のうちに奥歯を噛み締め、背筋を伸ばした。
ここで怯んではいけない。さな設計会社で働く、実直な技術者として堂々と振るえばいいのだと、必に自分を鼓した。
やがて、宗郎の元が、わずかに緩んだ。
「君」
く、よく響く声だった。
「はい」
構える私に対し、宗郎がにしたのは、私が予していたどんな質問でもなかった。
現の勤務先でも、収でも、族構成でもない。
彼は片眉をわずかにげ、どこか笑しそうに元を歪めたのだ。
「――なかなか、とぼけるのが達者だな」
のが、真っになった。
希が驚いたように父親を見つめた。
「お父さん……?」
私は歩もけなかった。
宗郎の双眸は、鋭利な刃物のように私のの最部を貫いている。それは決して冗談を言っている目ではなかった。
全から、気に血の気が引いていく。
っているのか。
どこまで調べられている?
神という名字だけで見抜かれたのか、それとも最初から興信所を使って素性を暴かれていたのか――。
「……何のことでしょうか」
乾いた喉から、やっとのいで絞りした声だった。
宗郎はくく笑った。
「ほら、それだ」
「え……?」
「その真顔で『何のことでしょう』とシラを切り通せるあたりが、なかなかの役者だと言っているんだ」
希が、信じられないものを見るような目を私に向けた。
「……優馬?」
その声をにした瞬、私は悟った。
今こので崩壊するのは、私が稚拙に組みげた「貧乏な会社員」というっぽい設定だけではない。
というをかけて、希と積みげてきた信頼そのものが、音をてて砕け散ろうとしているのだと。