"貧乏なふりで結婚挨拶へ――彼女の父に正体を見抜かれた" 第2話
会の娘
「ここだよ」
目の駅で改札を抜けると、希は慣れた取りで先を歩き始めた。
駅には昔ながらのさな商やの支、季の入った喫茶が穏やかに並んでいる。巨な繁華でもなければ、かといって便な田舎町でもない。
私はしだけ堵した。なくとも、改札をた瞬から誰もが息を呑むような超級宅、という雰囲気ではなかったからだ。
「ここから歩いて分くらいかな」
希が言った。
「じゃなくてでよかったの?」
「うん。今はでのんびりきたかったから」
本当はも持っている。
実から買い与えられたではなく、自分の料でローンを組んで買った国産のセダンだったが、それでも今の私が作りげたかった「あまり余裕のない若会社員」という輪郭にはわない気がして、アパートの駐に置いてきたのだ。
今にしてえば、そんな細に神経を尖らせていた点で、私の覚は相当歪んでいた。
並んで歩くうちに、周囲の景がしずつ、だが確実にその表を変え始めた。
駅の商が途切れ、並みは然とした宅へと移り変わっていく。幅がぐっと広がり、の両脇には入れのき届いたや垣が美しく続いている。軒軒の敷が、らかに広い。
広告
「すごく静かなところだね」
私が何気なくにすると、希はほんのしだけを置いて答えた。
「うん。昔から代々んでるがい域だからね」
「希もずっとここ?」
「をるまではね。学に入ってから暮らしを始めたの」
それ以、彼女は自分のいちを語ろうとはしなかった。
私はので、希の実に対するイメージを「し裕福なサラリーマン庭」くらいに方修正した。
それでも、私の計画を揺るがすほどのものではない。
し古びたスーツでも礼儀を欠くほどではないし、駅で買った菓子も無難な産の範囲に収まるはずだ。
そう自分に言い聞かせながら歩をめていると、見通しの良い角を曲がったところで、希がを止めた。
「着いたよ。ここ」
「え……?」
私は彼女の指さす方を見げた。
そして次の瞬、言葉を失ってち尽くした。
そこにあったのは、私の像していたような「し派な戸建て」などでは断じてなかった。
どこまでもく続く、く堅牢な壁の塀。
な瓦根を冠した、歴史をじさせる武敷のような造の。
その扉の奥には、側からは全体像が見渡せないほど広な敷と、派な本が広がっていた。
柱の脇に埋め込まれた黒御の表札には、端正な楷で「川」とだけ刻まれている。
広告
私はに提げていた袋を、危うく面に落としそうになった。
「……希」
「ん? なに?」
「ここ……?」
「そうだよ」
「ここが……君の実?」
「うん、そうだけど」
あまりにも当たりのように頷くので、私はもう度、その構えを見げた。
どう見ても、ただのではない。
このと塀を維持するだけでも、並抵の財力では能なはずだ。塀越しに見える見事な黒松も、腕利きの庭師が入れを施していなければ決して維持できない枝ぶりだった。
「……聞いてないんだけど」
わず、責めるような声がをついてた。
希がそうに眉をひそめる。
「何を?」
「いや……うちは普通のだって言ってたじゃないか」
「普通だよ」
「これが普通のに見えるのか!?」
「私にとっては、まれ育った普通のだよ」
悪気のない、あまりに真っ直ぐな返答だった。
その瞬、駅の洗面所で「みすぼらしく見えるスーツ」を入に選んでいた自分の姿が脳裏をよぎり、カッとの奥がくなった。
けれど、まだ分からない。
方の旧のように、と古い建物だけは広くても、実質な経済力はそこまでではない柄もある。
必にそう言い訳を探そうとした、の内側からの男性が静かに姿を現した。
糊のきいたシャツに品の良い黒いベストを着こなした、歳の執事然とした男性だった。
彼は私たちを認めると、腰をく折って最敬礼した。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
――お嬢様。
私の体が完全に凍りついた。
希はし照れくさそうに笑った。
「ただいま、佐久さん。急に予定をめてごめんなさい」
「とんでもございません。旦様も奥様も、広でお待ちかねでございます」
男性の落ち着いた線が、私の元へと滑らかに移した。
「神様ですね。本はようこそお越しくださいました」
なぜ、まだ名乗ってもいない私の名字をっているのだ。
希が事に伝えていたのだろうか。
そういながらも、私の胸の奥で、かつてないほど穏な警鐘が乱打され始めていた。
をくぐると、その予は確信へと変わった。
庭は、ちょっとした本庭園のように広だった。
美しく敷き詰められたびの先には、錦鯉が泳ぐ池があり、奥には母とは別に茶のようなれまで見渡せる。
「希」
私はを歩く執事の男性とし距を取り、掠れそうな声で囁いた。
「なに?」
「川って……まさか、あの川なのか?」
希は議そうに首を傾げた。
「あのって、どの?」
「川グループの……あの川なのか?」
希は拍子抜けするほどあっさりと頷いた。
「そうだよ。グループの創業」
が止まりそうになった。
川グループ――。
国内に数社に及ぶ核企業を抱え、業、素材発、総物流、さらには最先端ITや規模商業施設まで牛る、本数の巨複企業体だ。
私の父が経営する堅製造業の「神グループ」とは、比べものにならない桁れのメガグループだった。
神グループにとって、川系列の主企業は、喉からがるほど契約を欲している最の取引先のつでもあった。
「じゃあ……君のお父さんって……」
「今のグループ最経営責任者。会だよ」
希は平然と言い放ち、私の顔をじっと見つめた。
私は、喉の奥がカラカラに干からびていくのをじた。
相が自分をや柄で値踏みしないか試してやろうと、私は息巻いていた。
そのためにわざわざ擦り切れたスーツを引っ張りし、普段の計をし、頃な菓子を買って持ち込んだのだ。
だが、蓋をけてみればどうだ。
目のに広がるこの族の背景は、私が必に隠そうとしていた「神」という板など、元にも及ばないほどの巨な巨だったのだ。
自分がどれほど滑稽で、浅はかで、恥ずかしい茶番を演じていたのか。
その事実が、たい氷のように全へ染み渡っていく。
敷の玄関へ向かう歩歩が、鉛のようにくなった。
今すぐ引き返して逃げしたい。
けれど希は何も疑うことなく、私の隣を並んで歩いている。
その無垢な横顔を見つめた瞬、私の胸に、柄の格差などよりも遥かに恐ろしいが鎌首をもたげた。
もし今、私の正体が暴かれたら――。
私がもの、彼女に対して最もな自を隠し通し、あまつさえ今、この族を試すためにみすぼらしい芝居を打ってきたことがられたら。
希は違いなく気づくだろう。
『あなたは、最初から私を信じていなかったのね』と。