"大正、子守奉公の少女" 第17話
帰る
旅順でほど過ぎたころ、へ帰るというがいた。私もそのに付き添う形で本へ戻る話になった。最初に聞いたときは、帰れるのだという堵があった。けれど荷物をまとめ始めると、子どもたちの顔が浮かんだ。
朝の通学も、のペチカも、庭のアカシアも、私の毎の部になっていた。
男の子に帰国の話をすると、彼は「いつ戻ってくるの」と尋ねた。私は答えられなかった。約束できないことを言えば、あとでこの子をがっかりさせる。だから「しばらく会えないね」とだけ伝えた。
男の子はしばらく黙り、それから自分の本棚から冊の古い絵本を持ってきた。「これ、もう読めるでしょう」。私はゆっくりと頷いた。
絵本は、私が初めて読んでほしいと頼まれて困った本だった。今ではところどころつかえるものの、最まで自分で読める。男の子は「持っていっていいよ」と言ったが、私は受け取らなかった。「これはあなたの本だから、事にしてね」。
代わりに、使い終えた練習を数枚もらった。文字を覚えたころの自分を、忘れたくなかったからだ。
奥様は私に、縫い方を覚えたなら続けるようにと言った。私は礼を言い、針箱を荷物にしまった。国の使用たちとも、覚えたばかりの言葉で別れの挨拶をした。うまく言えずに何度か言い直すと、のが笑って頷いた。
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通じないことだらけだった最初のをいし、胸がいっぱいになった。
帰国、男の子は学で習った字を使い、いをいてくれた。には「またあそびにきてね」とあった。私は読めたことが嬉しくて、何度も声にした。彼は照れくさそうに「もう読めるんだから、読んであげなくてもいいね」と言った。
私は首を振り、「最初に教えてくれたのはあなたでしょう」と答えた。彼はし得そうに笑った。
敷をる朝、庭のアカシアはまだをつけていなかった。私は枝を見げ、のりをいした。何もたてば、ここで過ごした々の細かな来事は忘れるかもしれない。
けれどいの匂いと、子どもが初めて私の読み聞かせをんだ顔だけは、忘れたくなかった。
連からに乗り、またを渡った。今度はの揺れにもし慣れていた。私は甲板でを受けながら、初めてここへ来たのことを考えた。あのときは何も分からず、ただ怖かった。今は、らないでも暮らせることをっている。
それでも本へ帰ったあと、自分がどこで働くのかは決まっていなかった。
帰国してから、私は別のに女として入った。台所は狭く、仕事は慌ただしかった。子どもがいて、朝から晩までのが騒がしい。旅順のつの部がある敷とは何もかも違った。
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私が覚えてきた丁寧な言葉遣いや膳の作法を、ここで気にするはいなかった。
本へ戻ってからも、そのは針箱の底にしまっておいた。慌ただしい台所で疲れた夜に取りすと、旅順の学へのが浮かんだ。働くを替えれば、ので過ごしたはすぐくなる。それでも、あの子がいた文字は私の元に残った。
誰かを世話することは、ただ方が何かを与えるだけではない。私は子どもたちからも、ずいぶんくをもらっていた。
ある、女主が私に「そんなにゆっくりしていないで」と言った。私は急いで皿を運びながら、旅順では丁寧だと褒められたつきが、ここでは遅いと見られるのだとった。
仕事は同じ女でも、が変われば求められるものが変わる。私はまたから覚え直した。しかし今度は、以ほど細くはなかった。どこで何を覚えたか、私自がっていたからだ。