みかん小説
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"大正、子守奉公の少女" 第9話

父のらせ

正、父がくなったというらせが届いた。私はそのときも京の敷にいた。台所で米を研いでいると、女が私を呼び、実からのを渡した。封をけても文字を追うのにがかかり、ようやく父の名と「」の字を見つけた。

が分かるまで、しばらくかかった。

女は私のからを受け取り、静かに読みげてくれた。父は病を得てからくなかったこと、葬儀の取り、帰れるなら顔を見せてほしいということ。私は「分かりました」と答えたが、米を研ぐを止めるのを忘れていた。

がく濁ったまま、指のからこぼれ落ちた。

父とは何もまともに話していなかった。帰省するたびに畑やの用事があり、私は況を尋ねられると「元気です」と答えるだけだった。父は無で、私が京で覚えた言葉遣いを披すると、照れくさそうに笑ったことがある。

あの笑い方を、もう見られない。そうった途端、胸のが急に空いた。

敷の主は数の暇をくれた。私は礼を言い、持ち物をまとめて汽に乗った。窓の景は京へたときと同じように流れたが、あのころのようにを眺める気にはなれなかった。膝のに置いた包みのには、父に渡そうとって買っていた拭いがあった。

買ったときには、次の帰省で渡せばよいとっていたのだ。

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故郷のは、記憶より狭くじられた。の根にはしい継ぎがあり、庭の隅には見らぬ具が置かれていた。きょうだいたちもきくなり、私のらない来事がいくつも積もっていた。

私は父の眠る所に座り、包みから拭いをした。渡す相のいない品を膝に置いて、初めて涙がた。

帰省、私は父が使っていた鍬の柄を見つけた。握るところだけがつやつやしていて、のの跡が残っていた。弟が「もう古いから替えるつもりだ」と言うので、私はし待ってほしいと頼んだ。父のが触れていたものを、すぐに片づける気になれなかったのだ。

私は柄を布で拭き、物置の隅にてかけた。

母はその様子を見て、「お父っつぁんは、おが京で働いていることをに話していたよ」と教えてくれた。父は私に直接そんなことを言ったことがない。私は嬉しいような、悔しいような気持ちになった。

きているうちに聞けたなら、もっと違う返事ができただろう。私は拭いをしまった箪笥を見つめ、言えるときに言葉にすることの切さを覚えた。

母は私の背をさすり、「おが送ってくれたで、ずいぶん助かったよ」と言った。私は頷いたが、父に会えなかったまでで埋められるわけではないとった。母を責めたかったのではない。

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私自も、働いて送ることが親孝だと信じ、帰るを何度も先延ばしにしてきた。その結果が、今ここにあるのだった。

葬儀が終わると、の暮らしはまたきした。母は翌朝から畑にて、弟たちは仕事へった。私はしばらくに残りたいと考えたが、伝えることは限られていた。

京の敷には私の代わりに働くが必で、いつまでも待ってはもらえない。母も「おにはおの勤めがある」と言った。

駅へ向かう、私は父の拭いをに置いた。母は「使わせてもらうよ」と言って、箪笥のにしまった。私はもう度の根を見げた。私が働いたは、ここで暮らすの毎をしずつ支えてきたのだろう。けれど、どれほど働いても、失ったには戻れない。

汽がきしたとき、私は初めて、働く先だけでなく自分のについても考え始めた。

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