"大正、子守奉公の少女" 第3話
兄のいる
ほど過ぎたころ、兄かららせが届いた。兄が働く泉のに、子どもの世話をする娘がるという。と聞いて、私は最初、械をかす仕事を像した。兄のには、朝からきな音が響くこと、油の匂いがに移ることがいてあったからだ。
しかし私に求められたのは、そこで働く族の幼い子を預かることだった。
母は「兄さんがくにいるならだ」と言った。私はその言葉を信じたかった。を過ごしたをれる、女主は私の背から赤ん坊だった子をろし、「きくなったねえ」とその子に言った。
私にも同じだけが過ぎていたはずなのに、誰もそれをにはしなかった。私はその子の袋を直してから、荷物を持った。
のくには、働くのがいくつも並んでいた。朝になると男たちがをくぐり、しばらくして械の音が斉に響く。子守りを頼まれたにはさい子がいた。の子はまだ抱いていなければ泣き、の子はへたがった。
私はの子を背負い、の子のを引いて、の見えるところをったり来たりした。
のでは赤ん坊の泣き声を聞いていればよかった。今度はが別々の方へろうとする。の子をあやしているにの子がたまりへ入り、の子の着物を着替えさせているとの子が眠りから覚める。
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夕方になると、の仕事を終えたたちが帰ってきて、私はようやく息をつけた。
ののそばには、昼になると弁当を持ったが集まった。私は子どもを連れてしれたところに座り、兄の姿を探した。ある、兄の同僚が「おの妹はよく働くな」と声をかけた。兄は照れたように笑ったが、私は何と答えてよいか分からなかった。
褒められるのは嬉しい。しかし子どもを抱えたままべる飯は、急いでへ運ぶうちにが分からなくなる。
の子が度、の内側へ入ろうとしたことがある。私は慌てて追いかけ、作業へ向かうにをつかんだ。械の音がきく、私の呼ぶ声は届かなかった。子どもを連れ戻すと、母親はほっとして私の肩に触れた。
その晩、私はの危ない所を覚え、翌から回りして歩くことにした。さな判断をねるのも、子守りの仕事だった。
兄とは毎会えるわけではなかった。働く所も休みも違い、顔を見られるのはの裏で偶然きったときくらいだった。それでも、くに兄の背が見えるだけで胸が軽くなった。兄はいつも急いでいて、「飯はってるか」「叱られてないか」とく尋ねる。
私は決まって「丈夫」と答えた。丈夫でなくても、そう答えた。
ある夕方、兄が私にさな包みを渡した。
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には干した芋が切れ入っていた。「余ったんだ」と言うので礼を言うと、兄は笑ってを振った。あとで聞けば、兄は昼飯の分を残して持ってきてくれたのだという。
私は切れをそのでべ、もう切れを翌に取っておいた。甘いものをでべるのが惜しかったのではない。兄が私のことをいしてくれた証を、すぐになくしたくなかった。
では、械の調子が悪いには帰りが遅くなる。のたちが帰らないと、私の仕事も終わらなかった。ある夜、の子が戸に座り込んで母親を待ち、とうとう声をげて泣いた。私は「もうすぐ帰ってくるよ」と繰り返したが、何になるか分からない。
昔の自分が母を待ったとき、誰かも同じことを言ったのだろうか。そううと、子どもを叱る気にはなれなかった。
やがて、兄から「へ送るの話がある」と呼ばれた。私は何か失敗をしたのかと胸を固くした。兄が言ったのは、私の働く分の奉公賃を、がもって受け取るという話だった。
私はそのとき初めて、自分の働くに値段がつけられているのだとった。