"昭和62年、国鉄最後の日に駅弁を一つ売らなかった理由" 第11話
まっすぐ帰れない
の終わり、森渡駅の待には、見慣れない段ボール箱が積まれていた。
駅の掲示板から古い案内をし、しい会社へ移る準備をしているのだという。国鉄の文字が入ったものは、使えるものもあれば、取り替えなければならないものもある。駅員たちは客のいないを見つけて、こつこつ作業をめていた。
「宮原さん、からもここで売るんですか」
声をかけてきたのは、改札係の野崎さんだった。く勤めたで、若いころはのに私の箱を運んでくれたこともある。
「売が決まらなくてね。野崎さんは?」
「俺はしれた駅へくことになりました。はこっちだから、通うつもりです」
「毎朝、いでしょう」
「今までよりくますよ。妻には弁当を頼みづらくなった」
野崎さんは笑ったが、目のに疲れが見えた。仕事を続けられるにも、続けるために変えなければならない暮らしがある。
私はその、駅の客をいつもよりよく見た。勤の若い男がパンを買い、作業着の女性が缶のお茶を買った。学のが、おにぎりの棚をのぞいていた。
「今は鶏めし、ないの?」
「あるけど、百円よ」
「分かってる。父ちゃんが夜勤だから、夕飯にする」
は矢島直といった。で、町の自修理に勤める父親と暮らしだ。
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私が顔を覚えたのは、彼が学のころから夕方の列で通院する祖母を迎えに来ていたからだった。
「今は、いつもよりご飯が柔らかいね」
翌、直はそう言った。
「分かるの?」
「そりゃ分かるよ。何べてるとってんの」
私は嬉しくなったが、同に気づいた。私のをっているは、のにいるとは限らない。買って帰り、でべているもいる。
その週、の井さんから夕方の注文が入った。残業班の分で、午半までに届けてほしいという。
「今度は夕方ですか」
「嫌なら、無理にとは言わない。でも昼と同じ弁当を夕方まで置いておくわけにはいかないから」
私は承した。午の仕込みとは別に、午から作る。美さんなら娘を迎えにくとなる。フミさんは夕方になると目が疲れると言っていた。
結局、最初の回は私がで詰めた。良治が運び、戻るころにはは暗かった。
「これじゃあ、働くが増えただけだ」
良治が言った。
「そうね」
「駅をれたら楽になるとったのに」
私は返事をしなかった。楽になるために商売を変えるのではない。続けられる形にするために変えるのだ。ただ、その形がまだ見えない。
夕のあと、誠が台所へ来た。
「母さん、夕方の弁当は毎じゃなくて、注文が個以あるだけにしよう。
作るも最初から決めて」
「断ったら、次から頼まれなくなるかも」
「何でも引き受けたら、先に母さんが倒れる」
私は息子の顔を見た。誠はさいころ、私が運会へ来なかったことをずっとっていた。そんな息子が、今は私の働くを配している。
「じゃあ、井さんに相談する」
翌、井さんはあっさり承した。
「こっちも数が毎違うから、そのほうが頼みやすいわ」
私は拍子抜けした。無理をしなければ客を失うとい込んでいたのは、私だけだった。
駅へ戻ると、野崎さんがしい勤務先までの定期券をにしていた。
「お互い、からは違うですね」
「そうね。でも、まっすぐ帰れるが番いいとは限らないわ」
そう答えたものの、私自はまだ、どこへ帰るのか決めかねていた。