"朝八時までのヒーロー弁当" 第11話
の夜
午すぎ、堀は正へ向かう浦を追いかけた。のにると、夜が汗の乾いた首筋をやした。浦はの向こうの暗いを見つめていた。堀はその横にち、「部、向かいに相談してみませんか」と言った。浦は振り向かずに答えた。「のは当てにしないと申しげたはずです」。堀は度頷き、そこで言葉を止めた。
堀にも、を閉めて休んでいる老夫婦を夜に起こすことへのためらいがあった。の齢も、正夫の膝のこともっている。頼めば断らないだろうという気持ちに甘えたくなかった。だから堀は、浦の返事を聞いた、自分から話をかけることはしなかった。まず会社が、事を配する責任を果たすべきだとったのだ。
へ戻ると、検査では再測定が続いていた。担当者は記録を照し、型の調箇所をつずつ確認している。堀は作業員の顔を見て、疲れがい者を休憩へ回した。若い社員が「腹減ったな」とつぶやくと、隣の男が残していたパンを半分に割って渡した。誰も騒がなかったが、空腹をしていることは分かった。
浦は会議へ戻り、追加の事を頼める先を探した。夜対応の業者に何件か話したが、曜のけ方に必な数を届けられるところは見つからない。
広告
配送にがかかるもあり、の管理が確認できないところへ慌てて量注文するわけにもいかなかった。浦は受話器を置き、帳の予定表を見た。夜までという赤い線が、いまは現実からくれていた。
そのころ、の階で正夫は目を覚ました。目覚ましは鳴っていない。それでもに届くプレスのい音で、何かがいつもと違うと分かった。曜の夜から曜の朝にかけて、がこの刻までいていることはめったにない。正夫は窓のカーテンをしけた。向かいの建物にはかりがつき、正の守にもが見えた。
正夫はい、のかりでの働き方を見てきた。予定通り終わるもあれば、械の調で夜がけるもある。そういう朝にをけると、作業員たちはいつもの弁当よりおにぎりを欲しがった。油のいものをべる元気がなくても、温かいご飯ならに入る。正夫はそのことを、誰に教わったわけでもなく覚えていた。
階段をりると、台所にいかりがついていた。しず子が米びつのにち、きなざるを洗っている。「起きてくるとったよ」。しず子は振り向かずに言った。正夫は「頼まれてない」と答えたが、妻はを止めなかった。「分かってる。でも、向こうが朝まで働いてるのを見たら、あんたは眠れないでしょう」
広告
。正夫は子に腰をろした。
「無理はしない」。しず子が先に言った。「作る数を聞いてからにする。あんたはいものを持たない。曜に無理やりをけ直すつもりもない」。正夫は妻を見た。昔なら、言葉にしなくてもで炊飯器をかしていただろう。だが今は、が続けられることを確かめてからく必がある。正夫は壁の柱に貼ったメモを見げた。
翔太の携帯番号だった。正夫はの話の受話器を取り、慣れない指で番号を押した。回目の呼びし音で、眠そうな声がた。「はい……川です」。正夫は名乗るより先に言った。「のかりが消えてない。朝飯を作れるかもしれん。で何うか、堀さんに聞いてくれ」。話の向こうで翔太が息をむ気配がした。
「親父さん、いま何だとってるんですか」。翔太が言うと、正夫は「おが寝てるだ」と答えた。「無理なら作らん。注文の数が決まらなきゃ、こっちもけない」。翔太は布団から起きがり、堀の番号を探した。正夫が受話器を置くと、しず子は米を量るを止めて待った。は初めて、頼まれるに声をかけながらも、頼まれた数だけを作る朝を迎えようとしていた。