"朝霧湯、最後の暖簾" 第8話
を守ると言ったたち
、朝湯のに貼った営業予定を見に来るが増えた。
にいたい営業を読みながら、「このだと仕事が終わらん」と言うもいた。「通ったんだから先に入れてくれ」と番台で頼むもいた。
澄子はひとりに謝り、決まったと数を繰り返し説した。正も横にった。だが、夕方になるころには、ともへとへとだった。
「うちは何も毎払ってきたんだよ。よそから来たと緒にしないでくれ」
青果の主が声を荒らげた。
正は答えた。
「く来てくれたことには謝している。だが、今回はそういう順番じゃない」
「じゃあ誰が決めるんだ」
「申し込みの順番と、のの全を見て決める。の悪いやさな子を連れたには、無理のないを相談する」
男は納得せずに帰った。その背を見送り、澄子が言った。
「嫌われちゃったわね」
「今までだって、全員に好かれてたわけじゃない」
正は笑おうとしたが、うまくいかなかった。
夜になると今度は、町内会の荒井が話をかけてきた。
「役のの話で、民から文句がている。自分のには呂があるのに、なぜの入浴のために税を使うんだってな」
正は瞬、のためにをげることをやめたくなった。毎呂を沸かし、客にをげ、燃料にお願いし、今度は町内のに説をしなければならない。
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「は俺の客集めのためじゃない。朝湯へくを運ぶんだ」
「同じことだろう」
「違う。どっちのへっても、呂に入れればいいんだ」
受話器の向こうで荒井が黙った。
正は続けた。
「俺も町のでうちだけを助けてもらう気はない。だから、呂のないのが何いるか調べてもらった。必だと認められれば支援を考える。違うなら、別の方法を探す」
荒井は「そうか」と言って話を切った。
その晩、澄子は財布から幣を枚取りした。
「正さん。私、黙ってたことがあるの」
正は顔をげた。
澄子が取りしたのは、朝湯の古い積通帳だった。ごとにしずつ貯めたがある。正は自分のらない通帳があることに驚いた。
「いつからだ」
「千絵が学へ入ってからよ。の現から勝に抜いたんじゃない。私が頼まれて縫い物をした代を、しずつ入れたの」
「何のために」
「自分が病気になっても困らないように。それと、いつかでをやめるときのため」
正は胸が詰まった。自分は『を続ける』ことばかり考えていたが、澄子は『続けられなくなったあと』を何も考えていたのだ。
「油を買うためにすつもりか」
「度はそうった。でもね、違うことに使いたい」
澄子は通帳を正のへ置いた。
「をやめても、私たちが暮らすためのにしたいの」
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正は妻を見た。澄子はまっすぐ見返した。
「私はお寄りにお呂へ入ってほしい。でも、私たちがに迷うまでを続けたいわけじゃない。そこは、分けて考えよう」
正は、ゆっくりとうなずいた。
「俺は、おがもっとを続けたがってるとってた」
「続けたかったわよ。できるならね。でも、千絵にも自分のがある。私たちにも、これからの暮らしがあるでしょう」
はく黙っていた。燃料の話を始めてから、初めて、同じ問題を見ている気がした。
翌朝、千絵は台所で通の封筒をいていた。護学の願だった。正はそれを見つけると、自分から声をかけた。
「試験、頑張れよ」
「うん」
「もし受かっても、のことで慮するな」
千絵は父を見た。
「お父さん。受かったら、ちゃんとくよ」
正はうなずいた。し寂しい気がしたが、それは娘の返事を誇らしくう気持ちと、同じくらいかった。
そのころ、町内会では朝湯をめぐって見が割れていた。を取った親を別の町へ連れてくのは変だから伝ってほしいという族もいれば、自呂のない世帯だけが特別扱いされるのは公平だというもいた。
澄子は荒井に頼まれ、数の話しいへ席した。集まったのは、の、宅の主婦、商主と町内会役員だった。
「私たちだって燃料がくなって困っています。どうしてお呂へくのためにをすんですか」
若い主婦の質問に、澄子はすぐ答えられなかった。そのには呂があり、夫もを運転する。けれど灯油代が増えて苦しいことは、朝湯と変わらない。
「同じにんでいても、困ることが違うんですね」と澄子は言った。「私も今まで、そこを考えていませんでした」
のウメが静かにを挙げた。
「私らは特別扱いしてほしいわけじゃありません。おを払ってお呂へくんです。ただ、歩けないがあるということをってほしいんです」
別のが言った。
「誰かがをせばいいって、簡単に言うけど、ガソリンだっていんですよ」
「そうなんです」と澄子は答えた。「だから、善だけに頼る仕組みにはしたくないんです」
会議は結論をさずに終わった。澄子は帰り、し落ち込んだ。皆が事をれば賛成してくれるとっていた自分が、甘かったのかもしれない。
正に話すと、彼は珍しくこう言った。
「反対するにも暮らしがある。だから、説しなきゃいけないんだな」
澄子は驚いた。
「あなたがそんなことを言うなんて」
正は苦笑した。
「俺だって油に腹をててた。相の事なんか聞かずにな」
会議で使ったは捨てずに取っておいた。
反対の理由をることも、次の相談には必だとったからだ。
昼、久保田燃料から伝言があった。方の取引先で量の余剰がる能性がある。ただし確かな話ではなく、値段もまだ分からないという。正は即答しなかった。
「くてもいいから今すぐ買うと言えば、別の誰かの分を奪うことになるかもしれない。正規の配送がどうなるか、まず教えてくれ」
話を切ると宮田が来た。
「今度は油も困らせるつもりか」
「違う。どうしても必なの分を、銭湯がで取りっても仕方ないとっただけだ」
宮田はにやりと笑った。
「おがそんなこと言うようになったとはな」
正は眉をひそめた。
「を取ったんだよ」
は緒に、翌の営業予定をもう度確認した。予報では夕方からがまるという。希望者のにはくから来るもいた。
正はの番に、太い字でいた。
『候と設備の状態により、予定よりく閉めるがあります』
それを見た千絵が言った。
「お父さん、正直すぎてお客さん減っちゃうかも」
「それでいい。来てから断るよりましだ」
正はそう答えた。その瞬、自分が何を守りたいのか、ようやくはっきりした気がした。