みかん小説
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"車椅子の妻を離島に置き去り――船上の夫が見たもの" 第1話

奪われた通

「どうせおは、じゃの窓にもけないだろう」

夫の啓介は、私の膝に置いてあった封筒をひったくった。は交通事故の損害賠償についての通だった。私は子の肘掛けにを置き、もう方ので布製の鞄を抱え直した。封筒を取られたことより、夫が私の元を見て真っ先に鞄の位置を確かめたことが怖かった。

「千百万円だぞ。こんなを、おで管理する気か」

啓介は通を広げ、額の印字された箇所を指で叩いた。その指先が細かく震えている。っているときの癖だとっていたが、最はの話になるたび、あの震えがるようになった。私は事故以来、夫の表を読みすぎるようになっていた。それでも今の震えには、苛ちとは別の切迫したものが混じっていた。

「治療費と、これから必になる介助の費用なの。座は私の名義のままにしたい」

「その介助をしてきたのは誰だ。玄関の段差をなくすのにも、呂を直すのにもがかかった。俺がどれだけ犠牲にしてきたか、おは分かってない」

事費は賠償の仮払い分から支払っていた。領収も私のファイルに残っている。言い返そうとしてをいたが、啓介は聞くつもりがないらしく、封筒を卓に放り投げた。

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角が湯みに当たり、茶が滴だけテーブルへこぼれた。そのさな染みを見つめているうちに、私は反論するより先に確かめるべきことがあるとった。

「通帳と印鑑を渡せ。俺が管理してやる」

「渡さない。必な支払いは、私がのアプリでできるから」

夫の元が歪んだ。「姉貴に入れ恵されたな。夫婦のにを入れるなよ」。姉の子は事故のあと、私がでできるよう福祉両の配を教えてくれただ。けれど啓介にとっては、自分の言葉を私がそのまま受け入れなくなった原因に見えるらしい。

啓介が台所へった隙に、私は鞄の底からさな帳を取りした。付と刻、言われた言葉をく記す。病院の相談員に勧められて始めた記録だった。最初は介助のき違いを理するためだったのに、今では自分の記憶を守るためにいている。私は「通を奪う。通帳を求。事費は本負担」とき、帳を鞄へ戻した。

まで、啓介が私の財布のを確かめることなどなかった。私は歳、夫は歳。結婚して、子どもには恵まれなかったが、で働き、さな旅を楽しむ暮らしだった。私は内の印刷会社で経理をしていた。数字の辻褄がわないと気になって眠れない性分を、夫は昔「頼もしい」

と笑っていた。

啓介は缶ビールを片に戻ってくると、突然、私のにしゃがんだ。さっきまでの険しさが消え、声だけが自然に柔らかくなっている。「悪かった。の話ばかりじゃ息が詰まるな。来週、旅にこう。にきたがっていた島、覚えてるだろう」。夫は着から観案内のを取りし、私の膝へ置いた。

青いに囲まれたさな島。港から集落まで急な坂が続き、連絡はに数便しかないとかれていた。子での観に向くとはえない。それなのに啓介は、まるで私がぶと決めつけたような笑顔で「静かでいい所らしい」と繰り返した。私は返事をせず、案内図の隅に赤い丸がついているのを見つけた。

丸が囲んでいたのは景勝でも宿でもない。島から本へ戻る、最終便の刻だった。

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