"昭和32年、町中が機を止めた日に織り続けた73歳の女" 第3話
借りた
病院へく朝、信夫は歩きたいと言い張った。咳がるほどがる癖は、んだ父親によく似ていた。結局、苗が荷を借り、まで押していった。
ヨシはで留守を守った。は止まっている。壁に掛けた計の秒針が、織の代わりにの静けさを刻んだ。
苗が病院から送ってきたい便りには、待が混んでいること、薬の種類がし変わること、夜に発作がたはめに相談するよう言われたことがかれていた。ヨシは便りを読み終え、机の引きしにしまった。そこには正吉がきていた頃の病院の領収も残っている。額はそれぞれ違うが、を捨てる気になれない。信夫が息苦しそうに胸を押さえるたび、母親の苗より先に自分が何とかしなければとう。だからというだけではない。正吉がんだの午、事現にかけた息子へ朝飯の残りを持たせなかったことまで、ヨシは今も覚えていた。関係のない悔を、今の薬代へねていたのである。
昼過ぎ、沢が来た。封筒ではなく、よく使い込んだ革鞄を持っている。
「坂井さん、あの反のことは悪かった」
「りない百円を持ってきたのかい」
「それはできません。ただ、急ぎの注文があります」
ヨシは戸にったまま男を入れなかった。
「止めている女たちに頼めばいい」
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「頼みました。受けてもらえません」
「当たりだよ」
沢は苦笑いした。昨までならヨシは、その笑いに腹をてなかっただろう。
「実は問とので、来週納める分の約束をしているんです。品は裏用の幅布。織り目の揃ったものが必で、急にほかへ回せない」
「何反」
「反」
ヨシは目を細めた。自分のでは昼も夜もかして反が限界だ。反を週で、などというのは若い者でも無理だ。
「からかいに来たのかい」
「反でいい。残りは別に考えます。単価は百のままですが、付として千円せます」
ヨシは顔をげた。千円。信夫の診察代と、し余るくらいの額だ。
「から賃を引くのかい」
「もちろんです。現で先に渡せるのはそれだけです」
「織れなかったら?」
「材料を返していただく。付の精算は、そのに」
沢は鞄から受取用の伝票をした。ヨシはすぐには触れなかった。信夫の顔が浮かぶ。診療所の先は、たびたび発作を起こす子どもに無理をさせてはいけないと言った。になれば薬も増える。
「いくらもらっても、週で反は無理だ」
「そこを何とか」
「うちのは台だ」
「夜までかしていただければ」
ヨシは男の目を見た。沢は線を逸らさなかった。悪い条件を良い条件に見せようとしているわけでもない。ただ困っている相を見つけた男の顔だった。
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「考えさせておくれ」
「朝までにお願いします」
沢が帰ったあと、ヨシは伝票をく眺めた。苗が帰宅したのは夕刻だった。信夫は疲れて眠っている。
「先は、しばらく学を休ませて、薬を変えましょうって」
「いくらかかった」
苗は財布をして残りを見せた。ヨシは沢の話をした。
「受けちゃだめです」
いがけず即答だった。
「りない分を払うんでしょう。そんなに織ったら、ばあちゃんまで倒れる」
「ほかに何がある」
「私が織ります。の仕事が戻るなら」
「戻らないから困ってるんだよ」
苗は病院へくのため、毎週曜の午の洗濯仕事を断った。洗濯物を預けてくれるのには、約束のに戻らないと次から頼まないと言うもいる。それでも信夫をではに乗せられない。ヨシはそのことをっていたが、失った洗濯の賃まで計へき入れたことはなかった。病院で払う額だけなら机のの封筒に残る。苗が仕事を断って失ったものは、封筒にも帳面にも見えなかった。
苗の元が震えた。
「それじゃ、フキさんたちは何のために止めているの」
ヨシは返せなかった。息子をくしてから、計の数字をで毎晩見てきた。初めて、その数字を見ながら別の答えをにした。
「おにをげさせるくらいなら、私がやる」
「誰もげろなんて言っていません。困っているなら困っているって、皆に言えばいい」
ヨシは顔をそむけた。
「信夫に、婆さんのせいで医者へけなかったとは言わせない」
「私は、ばあちゃんが病気になるのが怖いんです」
はそこで話をやめた。
夜、ヨシは信夫の寝息を聞きながら机に向かい、受取用の伝票の数字を読んだ。織った分だけ払われるとっていたが、今回は先にもらう。先にもらえば、仕事をやめる自由がさくなる。そのことは分かっていた。
それでも翌朝、沢の倉庫へき、ヨシは千円を受け取った。
のには、女たちの誰もいなかった。ヨシは見られないことにほっとして、それが番けなかった。