"昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録" 第2話
万千百円の方
箱に入っていたのは、父の腕計と、付の聞、それからつ折りの便箋だった。
便箋には宛名がなく、い文だけがかれていた。
『線を見にく。帰りが遅くなる』
鉛の字は父のものだった。
父は切符の裏や聞の余にも、いつもしに傾いた文字をいた。私は子どものころ、その字をまねしていた。
「これ、いつ受け取ったの」
「あの夜。の玄関に、で濡れた封筒が挟んであったの」
「警察には?」
母はく黙った。
「見せたわ。でも、駅さんが『を持って逃げる実だ』と言った。封筒の指紋を調べてくれたかどうかも、私にはらされなかった」
母は隠していたのではない。
幼い私を守ろうとして、話すたびにをえぐられる事実を箱にしまったのだと分かった。
それでも腹がった。
こんなさながあれば、私はもうしく父を信じられたかもしれない。
翌朝、私は町役の資料へった。
古い瀬線の刻表は残っていたが、昭の運記録は部欠けていた。
担当の若い職員は、私の名字を聞いて途端に声を慎にした。
「駅の跡は拡幅に使われる予定です。資料の持ちしはできません」
「見るだけです。駅がなくなるに確かめたいことがあって」
背から「確かめる必があるのかな」
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と声がした。
振り返ると、濃紺の着を着た男がっていた。
稲葉弘之。
建設会社を営む稲葉の代目で、町の発協議会の役員だった。
父を棒だと届けた駅の孫にあたる。
「昔のことは昔のことです。あなたのお父さんを悪く言いたいわけじゃありませんが、駅が残っていると、町も先にめない」
言い方は柔らかかった。
けれど彼は、私の目ではなく、にしている片を見ていた。
「あなたは、あの夜に臨貨物列がったことをっていますか」
稲葉さんの元がかすかにいた。
「鉄の細かい運まではじません」
ではなぜ、にかれた『臨貨』という略語だけを見て、私の質問を先回りしたような顔になったのだろう。
資料をると、森岡さんが待っていた。
彼は今、個で建具の修理をしているという。
私に付き添ったのは、の自分を許せないからだと話した。
「僕は駅の言うことを信じました。杉原さんが現箱のそばにいたのを見た、と警察に話したんです」
「本当に見たんですか」
「はい。ただし、閉めたかどうかまでは見ていません」
当夜、駅の庫には万千百円があった。
町内の製材所へ資材を運ぶ特別な貨物の取扱料だという。
父は納係を兼ねていたが、現を最に確認したのは駅だった。
それなのに『杉原が盗んだ』と聞にた。
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「僕が証言したのは、杉原さんが庫のある事務にいたということだけです。ところが調では『庫をけていた』になっていた。僕は言い直そうとして、駅に叱られました」
森岡さんはの顔を見ずに話した。
分の恥が、言葉のあちこちに引っかかっているようだった。
昼すぎ、私たちは旧駅の倉庫で、撤を待つ段ボールを調べた。
半は昭代の乗券の束や、埃だらけの掲示板だった。
父の名はてこない。
諦めかけたとき、森岡さんがさな封筒を見つけた。
表には『昭 諸料控』とある。
は複写式の伝票の切れ端で、まだ青い文字が読めた。
『 臨貨物取扱料 万千百円』
そこまでは警察の記録と同じだった。
しかし次のには、赤鉛で『取消』とかれている。
「取り消した料が、どうして盗まれたことになるんですか」
森岡さんは私を見た。
「取り消したなら、返した記録が必です。なのに、表向きの帳簿では、そのがあるはずのままになっていた」
父の銭管理の誤りなのか、誰かの操作なのか。
証拠になるはずの複写伝票には、返を承認した者の署名部分だけが切り落とされていた。
夕方、に戻ると、母ののシャッターに聞の切り抜きが貼られていた。
『駅員、売とともに失踪』。
しいコピーだった。
切り抜きのには、黒いペンでこういてある。
『これ以、蒸し返すな』
私はそれを剥がして封筒に入れた。
は幼くて何もできなかった。
今度は違う。
夜、本の話が鳴った。
配の女の声が言った。
「杉原修さんのことを調べているんでしょう。私は、あの夜、診療所で駅員さんを見た者です」
受話器を握るがたくなった。
「父は、あの夜のうちにきて病院へ着いたんですか」
女はすぐには答えなかった。
「あなたが探しているかどうかは分かりません。ただ、そのが持っていたものだけは、今も覚えています」
「何を?」
「赤い灯りのついた提げランプです」