"「妻に休んでほしい」退職夫が勝手に決めた私の人生" 第2話
唐揚げを作らない朝
そのの朝、夫は蔵庫をけて言った。「今、唐揚げもあるんだろうな」。私は根をく切りながら、「おかずは健太たちが買ってくるよ」と答えた。今の退職祝いは、最初から持ち寄りにすると決めていた。
息子夫婦はおかず、娘夫婦はみ物と刺、わがはご飯と汁物。そうすれば誰かが台所にち続けず、全員で同じに事を始められる。私がその案をしたとき、子供たちはすぐに賛成した。夫だけが、当の朝になって満そうな顔をした。
「孫たちはおの唐揚げが好きなんだ。祝いのくらい作ってやればいいだろう」
私だって孫たちのぶ顔は好きだ。以は泊まりに来るたび、皿いっぱいに揚げていた。けれど、い油のにつのは私で、片づけをするのも私だった。みんなが卓で写真を撮る頃、私は最の枚を揚げていることがかった。
「今は作らないよ。健太にも伝えてあるから」
夫は蔵庫の扉を閉め、「じゃあいいよ」と言って居へ戻った。鳴ったわけではない。それでも、私が何かを断るとの空気がしだけくなる。そのさを消したくて、つい「やっぱり作ろうか」と言い直してきたのが、これまでの私だった。
実は夜、唐揚げ用の鶏肉を買おうか迷った。特売の札を見てを止めたが、結局かごには入れなかった。
広告
買ってしまえば、夫に頼まれたとき断れなくなる気がしたからだ。たった品の料理を作らないために、先でこんなに考えている自分がおかしかった。族をばせることと、自分が座るを守ることは、両できるはずなのに。
私は包丁を置き、蔵庫に貼ったメモを見た。持ち寄りの分担をいたの隅に、曜の午、芸講座と自分の字でいてある。友の佐子に誘われ、民文化センターの「暮らしの布仕事」という講座に申し込んだ。初回は次の曜だ。
私が好きだったのは、布を選ぶことだった。子供たちの通園袋や袋を作り、破れた袖を直し、残り布でさな巾着を縫った。族に必な物を作るのも楽しかったけれど、今度は誰かに頼まれた物ではなく、自分が作りたい物を作ってみたかった。
受講料はかで万千円。私の料から払った。申し込みの確認メールが届いた夜、何度も画面をいて眺めた。曜はスーパーの勤務を入れていない。昼のあとかけ、夕方には戻れる。それほどげさな計画ではないはずだった。
夫にももって話した。「曜のお昼は自分でお願いね。午は佐子さんと講座にくから」。そのとき夫はテレビを見ながら、「ああ、あれか。まあいいんじゃないか」と答えた。私はそれで話がついたとっていた。
広告
ところが、汁物が煮え始めた頃、夫がまた台所へ来た。「ところで、おは仕事を続けるつもりなのか」。私はをめて「今のところはね」と答えた。夫はそうに眉をげた。
「俺もにいるんだし、もうやめたらどうだ。でゆっくりできるだろう」
私はにしていたお玉を鍋の縁に置いた。仕事をやめたいと言った覚えはない。むしろ来から売りの担当をし増やしてもらえると、先週夫に話したばかりだった。夫が聞いていなかったのか、聞いても切な話だとわなかったのか、私には分からなかった。
「私は続けたいよ。曜の講座もあるし」
夫はそこで初めて、私の予定を自分の予定と照らしわせたようだった。「その講座、夜に変えられないのか。曜の昼、俺はどうすればいいんだ」。私は夫を見つめた。でゆっくりするという言葉のが、しずつ見えてきた。