"雨宮停留所の黄色い傘" 第8話
切符の先
切符は、当の町営バスが駅まで運していた代の回数券だった。裏には、駅員の印と、きの数字が残っている。私は塚に見せた。彼は「信夫くんが買ったものかもしれない」と言ったが、先が京であることに首を傾げた。
信夫はへったと話していた。実際、の消印はから始まっている。だが、最初の切符は京き。彼は度、別の所へ向かったのかもしれない。
町の古い駅員宿舎にんでいた元駅員を訪ねた。歳を過ぎた男性は、当のことをほとんど覚えていなかったが、切符を見ると眉をげた。
「この、京きの最終列は止まったんだ。で線が崩れてね」
「信夫というを覚えていませんか」
「覚えているよ。傘も持たずに来た子がいた。最終列が止まったと伝えたら、駅の公衆話から誰かに話していた」
誰に話したのか。駅員は、話の相は分からないが、が「母さんには言わないで」と話していたことを覚えていた。
私は佐子さんにその話を伝えた。彼女は、が京へ向かったことに驚いたが、すぐに「信夫は、どこへっても帰ってきたかったのね」と言った。
彼女は、当のの話番号をにした。駅から話を受けた記憶はないという。ところが姪が、夫の斎に古い話帳が残っているのをいした。
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そこには、夫がつけていた話の受信記録が挟まっていた。付は、信夫がいなくなった夜。午分に「駅から」とだけ記載されている。
「話があったのに、佐子さんには伝えなかったんでしょうか」
姪は首を横に振った。
「伯父が受けたんだといます。叔母は台所にいたから」
夫が受けた話の記録は、それきりだった。信夫が自分から話をしたという証拠がてきた。彼は母に連絡しようとした。けれど母には届いていない。
話帳の裏に、別のメモが貼られていた。
『信夫から話。京へ向かう。母に会いたいと言った。戻すな。』
最の文字は、誰がいたのか分からなかった。
塚は、そのメモを見て顔を変えた。
「私がいたものではありません」
姪は、くなった伯父の跡だと言った。
では、「戻すな」と命じたのは、信夫の父だったのか。
それとも、彼を守ろうとした誰かだったのか。
私は切符を裏返した。
濡れた指で触れたような跡のに、もうつの駅名が浮かびがった。
京きの列が止まった夜、駅員は信夫を待に入れたという。は公衆話からにかけたが、父親がた。話はく、駅員は会話の内容をすべて聞いていない。ただ、信夫が受話器を置いたあと、泣かなかったことを覚えている。
切符の裏に浮かびがった駅名は、甲府だった。
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京きが止まったあと、信夫は度甲府へ向かう列に乗り、そこから別の線を使った能性がある。彼がへくに、いくつもの駅を移したのだろう。
元駅員は、当の切符の控えが残っていないか探すと言った。私は、彼に切符を預けた。翌、返ってきた封筒には、別の片が入っていた。駅の公衆話からかけた番号の末尾が、かすかに記録されている。
その番号は、佐子さんののものだった。信夫は、母に話をかけていた。
駅員の記録を調べた元職員から、話の番号の末尾が当のの番号と致したと連絡があった。信夫が母に話したことは、ほぼ確かだった。だが、受話器を取ったのが父親か、佐子さんかは分からない。
佐子さんは、話帳を見て「その夜、私は台所にいた」といした。彼女は、夫が話を受けたあと「もう寝なさい」と言ったことを覚えていた。信夫が話したとはらされなかった。
「話が鳴ったのは覚えているの。私がようとしたら、あのが先にた」
そこまでいした彼女は、を震わせた。私は話を止めた。真相をることが、いつも救いになるわけではない。彼女が続けたいと言ったときだけ、次の記録を見せることにした。
駅員の記録にある番号は、母のの話番号だった。話を受けた夫は、信夫が駅にいることをったうえで「戻すな」
とき残した。彼が息子をざけたのか、妻をに留めようとしたのか。私は答えを急がず、記ののページをもう度読み直した。
甲府駅の話番号を照会したところ、当の公衆話から発信されたと、夫の記の記録が致した。信夫は確かに話をし、父親はそれを受けた。母に伝えなかった事実は、族の記憶ではなく、つの記録によって裏づけられた。私はその確認を相談員にも共した。
私は切符を写真に撮り、原本は元駅員へ返した。
駅舎の計は、あのの刻をもう示していなかった。