"雨宮停留所の黄色い傘" 第5話
母に届かなかった
私は、封筒を施設の佐子さんへ届けるべきか迷った。彼女の記憶はによって揺れ、過の話をすると混乱することがある。職員は、急ならせが負担になるかもしれないと言った。だが、のをりながら黙っていることは、夫がしたことと同じではないか。
塚は「渡すなら、本が落ち着いているに、通ずつ」と助言した。彼は遅れて、自分が隠した事実を話す準備をしていた。私は、まず通だけけて、内容を確認することにした。
最初のは、失踪からのものだった。
『母さんへ。僕は元気です。父さんと緒にいると、母さんがいつもさくなっていくのが嫌だった。僕がいなくなったせいで母さんが苦しんでいるなら、帰ったほうがいいのかもしれない。でも、帰ればまた同じことになる。母さんが自分でをると言うまで、僕は戻らない。』
信夫は、母を見捨てたつもりではなかった。母が自分で選ぶのを待っていた。けれど、母はを受け取らず、息子が自分を捨てたとい続けた。
通目は、。信夫は就職し、所を変えていた。
『母さん、父さんがくなったと聞きました。すぐに帰ろうとしたけれど、親戚から、母さんは僕のことをもう息子とっていないと聞いた。母さんがそう言ったのか、誰かがそう言ったのか分からない。
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話をかける勇気がない。』
通目は、さらにだった。信夫は結婚し、娘がまれたことを報告していた。娘の名は美咲。母に会わせたいといてあるが、最にこう続く。
『母さんが会いたくないなら、無理に会いにかない。僕は、母さんが元気でいることだけを願っています。』
私の目は、便箋のを何度も往復した。誰かが佐子さんへ伝えた「息子は帰りたくないと言っている」という言葉は、信夫の本ではない。誰がそう伝えたのか。
封筒の消印は、夫がくなるもも続いている。くなったあとに届いたは、佐子さんの夫の弟が受け取っていた。彼はを保管していたが、佐子さんに渡さず、姪へ「本が望んでいない」と説していた。
姪は、の束を見て青ざめた。
「私は、伯父から聞かされていました。信夫さんは族と縁を切った。は返してくれと言われた。でも、返す先が分からず、しまったままで」
「どうして、今まで何も言わなかったんですか」
「佐子さんに希望を持たせて、また傷つけるのが怖かったんです」
彼女は、自分の判断もまた沈黙を続けさせたと認めた。
私は通だけを施設へ持っていった。佐子さんは封筒を見つめ、しばらくして「信夫の字だわ」と言った。
「けてもいいですか」
「いいえ。あの子が帰ってきてから、自分で読む」
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その夜、私の部の窓にがっていた。
彼はもう黄い傘を持っていなかった。
「を読んで」
私は目を逸らさずに尋ねた。
「あなたは、んでいるの?」
は、答えなかった。
そして、窓のの暗へ消えた。
佐子さんがを受け取るまで、私は何度も施設へ通った。の束をそのまま見せると、彼女が度に受け止めきれないかもしれない。相談員と話し、まず通だけ、彼女が自分で読むかどうかを決める形にした。
面会の、彼女は封筒の宛名を指でなぞり、信夫の字だとすぐに分かった。封を切らずに、何度も表を裏返した。
「これを読んだら、あの子が本当に帰ってこないことが分かる気がする」
「には、帰ってくるといてあるかもしれません」
「そうね。でも、待つだけの毎に戻るのは怖いの」
私は、読むことも読まないことも彼女が選べると伝えた。佐子さんはその、封筒を枕元に置いて眠った。翌朝、職員から話があり、彼女が自分で封を切ったと聞いた。
それでも、の全文を読むに、彼女は私を呼んでいた。
「紀子さん、信夫が帰ってきたら、私の代わりにってくれる?」
私は、母親の代わりに何かを決めないと約束した。
封筒のには、信夫からのだけでなく、佐子さんがいた返事も見つかった。彼女は何通もき、宛名をかないまま箱にしまっていた。
『信夫へ。あなたが帰りたいとったら、いつでも帰ってきてください。父さんのことは私が何とかします。』
このの付は、信夫がいなくなって半だった。別の通には「あなたの父さんは、あなたが帰れば謝ると言っています」とかれていた。夫が本当にそう言ったのかは分からない。彼女は、息子が帰る理由を作ろうとしていたのかもしれない。
最の返事には、こうあった。
『ごめんなさい。私は、あなたを迎えにけませんでした。今は、あなたがどこにいるのかも分かりません。』
佐子さんは、あのの選択を忘れていなかった。彼女はただ待っていたのではない。息子に返事をきながら、自分が迎えにかなかったことを、何度も認めていた。
を読んだあと、佐子さんは「信夫は、私のせいで苦しんだのね」と言った。私は、彼のには母を責める言葉がないと伝えた。彼女は「責めないことと、傷つかなかったことは違う」と答えた。私はその言葉を、信夫にも伝えるべきだとった。
佐子さんは、息子からのを通ずつ箱に戻した。読むたびに疲れてしまうが、もう隠されたままにはしたくないと言った。彼女はの宛名を見て、「この字を忘れたくない」と話した。私は、を施設の庫に保管し、本が望むときだけすよう職員と相談した。
私はその返事を、信夫へ伝えるに相談員へ確認した。
読み終えた便箋は、封筒に戻されて彼女の元に残った。