"雨宮停留所の黄色い傘" 第1話
誰もいない留所
私は歳。子どものころから、くなったの姿や声を、ときどきじることがある。
ただし、自分を霊能者だとったことはない。見えたものが本当に者なのか、記憶やい込みなのか、私には分からない。だからに話すときは、いつも「こんなことがあった」とだけ言う。信じてもらうために話すのではなく、忘れないために話すのだ。
そのの、私は梨県のさな町にある叔母のを片づけるため、週末ごとに通っていた。叔母は施設に入っており、は空きになっていた。駅からまでのは、葡萄畑と古い宅が続く。町のを抜けると、の端に根の傾いたバスが残っていた。
留所名の板には、かすれた字で「宮」とある。刻表はなく、ベンチの目には苔がついていた。
そのを通るたび、誰もいないのにの気配がした。
初めて気づいたのは、のる曜だった。夕方をし過ぎ、私は買い物袋を持って留所の横を歩いていた。濡れた舗に、バスの根と私のが映っている。そのたまりのに、黄い傘を差したがっていた。
私はを止め、振り返った。そこには誰もいない。
たまりを見直すと、はまだ映っていた。紺の学に、い靴。傘の先から粒が落ちている。
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はではなく、留所のベンチを見ていた。
そのとき、別の声が背からした。
「すみません。今も、あの子は乗りませんでしたか」
振り向くと、代半くらいの女性がっていた。のカーディガンを着て、買い物用の布袋を抱えている。髪はきれいにっていたが、靴の片方だけで汚れていた。
「バスをお待ちですか」
「いえ。息子を待っているんです」
女性は留所の板を見げた。
「もう、ここにはバスが来ないんですよ」
「っています。でも、あの子はここでりるはずだから」
彼女の目は、私の肩越し、誰もいないの先を追っていた。
「息子さんは、いつごろ帰ってくるんですか」
「がやんだら。あの子は濡れるのが嫌いだから」
その言葉を聞いた瞬、たまりのが顔をげた。彼は私を見ず、女性のほうを見ていた。
それから、かすれた声で言った。
「まだ帰れない」
私はわず女性の腕をつかんだ。彼女は驚いたように私を見た。
「今、何か聞こえませんでしたか」
「何がです?」
はもう映っていなかった。たまりには、に揺れる灯だけが残っていた。
女性は「いつもすみません」とをげ、坂のへ歩いていった。私は声をかけようとしたが、彼女のろ姿は急に細く見え、追いかけられなかった。
叔母のに着いてから、私は所のに留所のことを尋ねた。
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宮の留所はに廃止され、今は町営バスも通らないという。あの女性はくの介護施設にいる「佐子さん」だと教えられた。々、施設を抜けして、昔の留所まで歩いてくるらしい。
「息子さんを待っているんです。もうく」
所の女性は、困ったように目を伏せた。
「息子さんは、帰ってきたんですか」
「いいえ。昭のにいなくなったきりです。だと言われて、それきり」
その夜、私はの止んだ窓に、黄い傘のを見た。
今度は彼の元から、黒いが筋、部のへ伸びていた。
私はカーテンを閉めた。
の声が、布の向こうから聞こえた。
「母さんに、あののことを聞いて」
私は、幼いころから見えないものをじるたび、まず自分の目を疑うようにしてきた。学のとき、祖父の葬儀の帰りに、誰もいない縁側に祖父が座っているのを見た。祖父は私に「玄関の傘を片づけて」と言った。へ戻ると、濡れた傘が倒れて、祖母の着物を濡らしていた。それ以来、見えたものをすぐに霊だと決めず、現実のにがかりがないか探す癖がついた。
町へ通う、私は叔母のの庭をしずつ片づけた。叔母は若いころ、町営バスで通勤していた。台所の壁には、古い線図があせたまま貼られている。宮留所を通る線は赤鉛で囲まれ、その脇に「最終便は分」
といてあった。叔母に話で尋ねても、留所のことは覚えていないと言う。けれど、線図を見たとき、なぜか胸の奥がたくなった。
翌週、私は所の商にち寄った。主の林さんは、佐子さんが留所へ通う姿を何も見てきただった。彼女はのだけでなく、れたも必ずにを閉めて歩いていくという。
「信夫くんがいなくなった直は、毎でした。がると、あの子が帰ってくるとったんでしょうね」
林さんは、佐子さんが留所のベンチに置いていた物を覚えていた。濡れたタオル、さな弁当箱、そして黄い傘。傘は誰かに持ちられたとっていたが、佐子さんは「息子に持たせた」と話していたらしい。
私は、それが母の傘だったという信夫の言葉をいした。彼は傘を持ってたのではなく、母が追いかけて渡そうとしたのかもしれない。
私は留所を通るたび、根の柱にさな傷が刻まれているのに気づいた。最初は子どものいたずらだとったが、数字のように見える。指でなぞると「17」と読めた。信夫の齢だろうか。叔母の線図にかれた分の最終便と、何か関係があるのかもしれない。私は傷を写真に撮った。
留所の柱の傷は、町の事担当者にも見てもらった。古い塗装のから、数字のほかに細い線が本てきた。
誰かがを測った跡のようだった。最の線は、歳のさで止まっている。信夫がをる直、母とここへ来ていたのかもしれない。
叔母の線図は、最に留所の位置を確かめたあと、丁寧に丸めて保管した。
あのを通ると、の匂いだけが今もし違ってじられる。