"「一緒に浪人」は嘘だった――俺に届いた特待生通知" 第2話
真夜の赤ペンと消えた
駅へ向かう並をむ、ポケットののスマートフォンが刻みに震え続けていた。画面をくと、彩佳からではなく、のクラスのグループチャットだった。『〇〇学受かった!』『みんなおめでとう!』という浮かれたメッセージと祝杯のスタンプが、滝のようにタイムラインを流れていく。俺は画面を伏せ、通を完全にオフにしてポケットの奥へ押し込んだ。
に揺られて帰宅する途、議と悔しさの涙は滴もこぼれなかった。が麻痺しているのか、それとも現実を受け止める処理が追いついていないのか、のは奇妙なほど静まり返っていた。
ただ、窓を流れる曇り空を見つめるうちに、ここ数ヶの記憶が、巻き戻されたフィルムのように鮮に脳裏をよぎった。
の終わり、彩佳が全国統模試の数学で点を回った夜のことだ。夜過ぎ、スマートフォン越しにしゃくりあげる彼女の声が部に響いた。『もう受験なんてやめたい。私、どうせどこにも受からないんだよ』。その震える声を聞いた瞬、俺は自分の机のに広げていた第志望の過問演習ノートを迷わず閉じた。
『丈夫だから。今から通話で緒に解き直そう。どこでつまずいたか教えてくれ』
受話器をスピーカーフォンにし、彼女がつまずいた微積分の基礎問題を、教科の定義から噛み砕いて解説した。
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途で彩佳が『眠いからもう嫌だ』と愚図れば、なだめすかし、励ましながらペンを握らせた。気がつけば計の針は午半を回っていた。翌朝、い痛を抱えて登した俺の目ので、彩佳はすっきりとした顔で「優馬のおかげで分かった!」と無邪気に笑っていた。
英語の文読解に俺が本腰を入れようとしていた週末も同じだった。
『優馬、統計と確率の条件付き確率がどうしても理解できないの。ちょっとだけでいいから教えて』
しだけ教えるつもりが、結局を費やした。模試の過問を解き直し、彩佳専用の復習管理表を作ったのも俺だった。題分野ごとの正答率をエクセルでまとめ、点の単元を赤ペンで分けし、本番で狙われやすい記述のポイントをルーズリーフにびっしりとき込んだ。学推薦の面接練習のために、学の過の定質問を集めて模範解答の骨子を組みてたのも俺だった。
彩佳の模試の偏差値がポイントがるたび、俺は自分のこと以にびがってんだ。そので、自分の次試験対策がどれほど遅れていようと、気に留めようともしなかった。
どちらかが落ちても、緒に浪してでやり直せばいい。俺が彼女を支え、彼女が俺の隣にいてくれるなら、くらいの回りは何の苦にもならない——そう、本気で信じ切っていたのだ。
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「ただいま」
自宅の玄関の引き戸をけると、台所から汁の匂いとともに、母がエプロンでを拭きながら顔をした。
「おかえり、優馬。……発表、どうだった?」
俺はスニーカーの踵を踏まないように揃え、く答えた。
「俺は落ちた。彩佳は受かったよ」
母は瞬だけ息を呑み、俺の張った表をじっと見つめた。それから、く事を問い詰めることもなく、穏やかな声で言った。
「そう。……寒かったでしょう。まず着替えて、温かいお茶でもみなさい」
自に入り、学習机のパイプ子に腰をろした。制のポケットから、あのい封筒を取りす。昨まではけることすら躊躇していたそのを、俺はペーパーナイフで丁寧に封した。
『都科学 報学部特別奨学選考 最終面談のご案内』
活字で然と印刷された文面を、ずつ目で追っていく。
入学およびの授業料全額免除。百万円の返還の研究奨励の付。さらに、学部次から学院レベルの研究に参加できる「先端報科学選抜プログラム」への特別推薦枠——。
の終わりに、報科学のコンペティションへ提した『交通流シミュレーションにおける分散アルゴリズム』という俺の個研究レポートが、学側の目に留まったのだという。
学から最初の打診があったのは、の終わりだった。
だが、指定された面談の期は、彩佳の直模試のだった。『優馬がいないとでが真っになっちゃう』と泣きつかれ、俺は学側にをげて面談を度延期してもらっていたのだ。自分の将来を決めるな会よりも、彼女の模試対策を優先した愚かな自分。
机ののスマートフォンが震えた。彩佳からのメッセージだった。
『今は急にいなくなってごめんね!でも優馬なら分かってくれるよね? 来週、学のくに暮らし用の部を見にくんだけど、勘ないから緒についてきて伝ってくれない?』
画面を見つめたまま、俺の指はかなかった。以の俺なら、即座にの乗り継ぎを調べ、産の評判を検索していただろう。
だが、今の俺の指先は、まったく違う文字列を打ち込んでいた。
『無理だ。予定があるからけない』
送信ボタンを押すと、わずか数秒で既読がついた。
『え、何の予定?』
俺はその問いに返信しなかった。代わりに、都科学のアドミッションオフィスのメールアドレスをき、震える指先で送信フォームを打ち込んだ。
『先般ご提示いただきました特別奨学選考の最終面談につきまして、ぜひお受けしたくじます。何卒よろしくお願い申しげます』
送信を完した瞬、俺の目のから、彩佳と過ごすはずだったの未来が音をてて消えった。