"息子が遺した証拠" 第1話
居眠り運転という名の違
の半ば、野県松本。町の夜けの空がうっすらとみ始める午半、柏源郎(かしわぎ・げんいちろう・歳)は、鳴りもしない目覚まし計よりく目を覚ました。宮として寺社仏閣の修復に余携わってきた体は、第線を退いた今も正確に朝の訪れを刻んでいる。
古い造平の戸を枚ずつ繰りけると、ひんやりとした朝気とともに、き妻・かず子が庭の片隅に植えたツツジの甘酸っぱいりが流れ込んできた。くには、をいただくアルプスの稜線が朝靄の奥から青く浮かびがっている。 源郎は台所で鉄瓶に湯を沸かし、湯を注いだ湯呑みを持って暗い仏へと向かった。
仏壇には、枚の遺が並んでいた。 枚は、臓の発作で先っていった妻のかず子。歳だった。 そしてその隣に、まだ真しい黒漆の額縁に収まっているのが、先急逝した息子の健太(けんた・享)である。作業着姿でいヘルメットを脇に抱え、焼けした顔で照れくさそうに笑っている。、きな耐震補事を無事に終えた際、現の若い仲たちが撮ってくれたものだという。
「健太、今朝もアルプスが綺麗に見えてるぞ」
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源郎は線の煙を揺らしながら、ぎゅっと奥歯を噛み締めた。 歳。親より先に逝くには、あまりにも若すぎた。
事故が起きたのはの初旬、松本のお堀端の桜がようやくほころび始めた頃の未だった。 県内の国交差点で、健太の乗った普通乗用が脇の頑丈なコンクリートブロックとガードレールに激突。救急搬送されたものの、傷性ショックで息を引き取った。 警察のした結論は「疲労による居眠り運転」。単独事故であり、現にはブレーキ痕がほとんど残されていなかった。
だが、源郎にはどうしてもその結論が腑に落ちなかった。 健太は幼い頃から職の父親の背を見て育ち、を叩いても渡らないほど慎な男だった。名古の学で建築を学び、堅ゼネコンの『恵建設』に現監督として就職してからも、その几帳面さは社内で評判だった。 『親父、仕事で番怖いのは慣れと油断だぞ。無理は事故の元だからな』 かつて夕暮れに源郎がで根の漏りを直そうとした際、血相を変えて梯子を押さえ、父親を叱りつけたの健太の厳しい声が、今も鼓膜に焼き付いている。
妻の周忌で名古から松本までをらせてきた際も、あとで実に着くという距で、わざわざの駅にをめて分の仮眠を取る男だった。
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『あとしだからって無理するのが番危ないんだよ。魔を甘く見たら取り返しがつかない』 そう言って笑っていた息子が、なぜ夜の直線でブレーキも踏まずに激突したのか。
さらに、事故直に警察署で交通課の警官が漏らした言が、源郎の胸に棘のように突き刺さっていた。 『会社の方のお話では、息子さんは夜の午過ぎには現の詰所をられたそうです。事故が起きたのは午半ですから、そのほどの、どこかでお休みになっていたのかもしれませんね』
午から午半までの、空の。 に残した妻や学の息子にく会いたいと、どんなに遅くなっても真っ直ぐ帰宅していた健太が、夜のでも何をしていたというのか。 めかけた湯をすすりながら、源郎はいため息を漏らした。職の勘が、見えないひび割れのを告げていた。