みかん小説
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"返せなかった六百二十円" 第7話

客に返す言葉

の朝、印刷所の戸を叩いたのは、の元同僚・文子だった。美佐は糊の付いた指を拭き、急いで表へた。文子は子を取り、「窓がまた変なことになっています」と言った。すぐに事を聞くと、夜のうちから並んだ客が朝には百を超えたという。現の残りがなく、誰を先に案内するかで員まで論になっていた。

「は今もいてるの?」

「けています。でも、待っているに何になるか言えないんです。坂係がずつ説して、声が枯れました」

文子は美佐の顔を見つめた。「あなたが作った受付控え、今から全員に渡しています。お客様の請求額と、今実際に支払った額を分けてけるから」。美佐はし堵した。自分の仕事がまだに残っていたことがうれしかった。しかし窓へ戻ることはできない。

印刷所の父はの話を聞き、棚からを取りした。「きなに、払戻しを受け付けたや担当窓をけんのか」。文子は「支の許がないとへ貼れません」と答えた。源吉はうなずく。「じゃあ許のらんものを刷ろう。商のが、自分の用件と額をいて持っていくだ」。

美佐は戸惑った。そんなものを配って預者が押し寄せたら、の負担が増えるかもしれない。

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父は「押しかけるはもう押しかけとる。待っている客が何を持っているか、理するだけだ」と言った。印刷所で培った発だった。混乱ので必なことを、さな枚にする。

美佐は何度も言葉を考えた。の全は保証しない。が払えるともかない。どこのでも使えるよう、客自が座番号、請求、希望額、必な期を記入し、窓で説を受けた内容を自分のでけるにした。読みきに慣れなのため、欄のには簡単な説を付けた。

が組んだ活字を父が確認した。井はを数え、「これなら半で百枚できます」と言った。の未払いが残る、父は仕事として引き受けることに決めた。「ただにするな。商の役員にきちんと見せて、必な分だけ買ってもらう」。美佐は最初反対したが、井が「うちも仕事として印刷したいんです」と言うと、もう反論できなかった。

町内会の会で美佐が用を見せると、賛成も反対もた。「が戻らんのにだけ増えてどうする」「窓にった付が残れば、何度も最初から説しなくて済む」。豆腐の井はへて言った。「俺は、員さんがみんな悪いとはわない。でも、昨言ったことと今言ったことが違うと、どちらを信じていいか分からなくなる。このに自分で記録して持っていけば、なくとも聞いたことは残る」

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。

採用が決まると、源吉は印刷を回し始めた。何か止まりがちだった械が、ごうごうと音をてる。は父の背を見つめ、「本当に注文が取れるんだ」と言った。「取れたからこそ、失敗はできん」。父の返事はかった。

町内会では、この用にの名を入れるかどうかでも見が割れた。美佐は入れないほうがよいと言った。どこのにも事があり、つの支の窓を責めるためのになってはいけないからだ。はし満そうだった。『誰が困らせてるか、分からなくなるじゃないか』。美佐は『だから、尋ねたと答えたの名をくのよ。い込みじゃなく、確かめたことが残るように』と返した。

商の古主がそれを聞いて頷いた。『記録が残れば、相が違えただけじゃなく、客のい違いも分かる。そりゃいい』。美佐はそこで初めて、このはにだけ厳しいものではないのだと気づいた。

夜になって、所の呉の主が印刷所へ来た。文の内容には賛成だが、を敵に回したくないと言う。「うちには掛けで仕入れた品もある。に嫌われたら次の融通が利かなくなるかもしれない」。美佐はその言葉を聞き、父と同じ顔をしたのだと気づいた。みんなが正しいことを言えない理由は、ただの臆病さだけではない。

「を責めるではありません」

「そう言っても、見るがどう取るかは分からん」

「では、にも部渡してください。訂正してほしいことがあれば、どこが誤解を招くか教えてもらいましょう」

呉の主はしばらく考え、を受け取って帰った。

翌朝、印刷所に坂が訪ねてきた。仕事の顔とは違い、着の肩が落ちていた。「森崎支は、こちらのをに対する非難と受け取っています」。美佐が「誤解です」と言うと、坂は「私もそうう。ただ、今は何でも敵に見えるんだろう」と言った。

坂は続けた。「あなたの報告は本に回しました。確認済とされた印についても調べています」。美佐は礼を言った。坂はそので首を振る。「礼を言われるではない。私はあの報告を初めて見たとき、すぐ疑問をすべきでした。黙っていたの分、説しなくてはなりません」。

その、のでひとりの老が倒れた。い列で疲れていたのだという。員と預者が緒になってのへ運び、所の診療所から医師を呼んだ。美佐はの向こうから見ていた。員だった頃には、の内とは分かれた世界だった。だが老を抱える々の姿に、その境がし曖昧になった。

夕方には、政府が何らかの支払猶予を検討しているという話が町をった。

文子は帰り、印刷所へ寄り、こう言った。「、が休むかもしれません。でも、休むことと、おが全部なくなることは同じじゃないと説したい」。美佐は彼女のを握った。

「私もそれを、ちゃんとした言葉で聞きたい」

父は刷りがったを積みながら、「をっているは誰もいない。だからこそ、今言えることだけ言え」とつぶやいた。では夜のがく、の簾が何度も揺れていた。

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