"返せなかった六百二十円" 第2話
印刷の止まる音
のに着くと、よりも列はかった。朝刊が京渡辺などの休業を報じ、別のにも預者が殺到していた。美佐の勤務先はまだ窓をけている。そのことだけを理由に、通帳を握った々はここへ集まった。
坂係は員を集めた。「噂に答えるな。確実なことだけを言う。払戻しの順序は従来どおり。勝に保留するな」。最の言葉は、美佐へ向けられていた。彼女はったまま「はい」と答えた。
昼までに預を引きした百の女主は、「娘の嫁入り具に使うだったから」と言った。美佐は祝福の言葉を探したが、女主はんでいなかった。「に置いとくのも恐ろしいよ」。預をしても、恐れは消えないのだ。
午、父の源吉がまた来た。昨と同じ通帳をし、今度は「全額でなくていい。百円、どうにかならんか」と言った。なら父が分けの払い戻しを頼む姿は像できなかった。美佐は伝票を受け取り、今度は迷わず係に渡した。坂は現の残額と続きを確認し、番号を呼んだ。
「徳田源吉さん。百円なら、ただいまお渡しできます。残額は準備がい次第のご案内になります」
「全額は駄目か」
「申し訳ありません」
父は百円を受け取った。美佐を見ることなく、札をさな封筒へ詰めた。そののは現をつなぐため、既に客ごとの請求額を分に賄えなくなっていた。
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森崎支は本へ増資や資当ての問いわせを続けている。支つの判断でかせるは限られていた。
帰り際、父のを追った美佐は所の乾物でを止めた。主が仕入れ帳を見つめ、魚の干物を半分に分けて売る相談をしている。が引きせないは今夜の買物を控え、買物が減れば乾物の代も問へ届かない。源吉はその景を見ていたが、何も言わなかった。印刷所の械は同じ町の商いのために回っている。の都はのをても、どこまでも続いていた。
美佐は父の袖を引こうとした。しかし父は通りの向こうにある印刷所の灯を見げ、しになった。父には事を説するに、まず謝らなければならないたちがいるのだ。
夜、父は印刷所の械に触れもしなかった。百円を職たちへ渡しても、未払いの額にはく及ばない。折り目のついた封筒を渡すたびに、「残りは必ず」と言う父の声はさくなった。見習いの井は数えたを財布にしまい、「りない分を、いついただけますか」と聞いた。
「来週、何とかする」
「来週には薬の支払いがあります」
井の母は肺を患っていた。美佐がっていたのは、いつも母の弁当を包んで来る青の姿だけだった。働くにも働くのがある。
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窓では百円がの件だった。ここでは、それがつの台所に分かれるだった。
が輪転の横で、印刷したばかりの包みを揃えていた。歳の弟は女学へ通うはずだった姉と違い、学をた、父を伝うを選んだ。美佐が「今は帰って休みなさい」と言うと、は首を振った。
「姉さんはに勤めてるから、がかせるとってた。違うんだね」
「当たりよ。預かったおは、私のものじゃない」
「じゃあ、お父さんのは誰のものなんだろ」
返事を探すうち、戸倉の妻が戸へ現れた。をげる父を見て、彼女は先に言った。「主が失礼なことをしたかもしれません。でも、うちはの子にがあって」。戸倉が具を持ってていったのは、嫌がらせではなかった。別のなら今週の料を現で払うという話を聞き、半でもく働こうとしたのだ。
「主は、印刷所が嫌いになったんじゃありません」
そう言われた父は、かえってつらそうな顔をした。
翌、美佐はでこの件を支に報告した。「父の請求を、係が確認するに私の判断で遅らせました」。森崎はしばらく黙った。「君の気持ちは分かるが、特定のお客様だけを勝に止めることは許されない」。美佐はうなずいた。父に対して当だったばかりではない。先に並んでいた々を含め、への信用そのものを傷つけた。
森崎は窓から美佐をし、伝票の照と計算の仕事へ移した。辞表をすべきかと考えていると、同僚の文子が伝票を持ってきた。「辞めるのは簡単です。でも、違いを自分の名で説してからのほうがいい」。美佐はその言葉をい返した。
印刷所へ戻ると、父はしい注文の相談を受けていた。の張所から、営業継続をらせるを急ぎで作りたいという依頼だった。千枚。度にまとまった現が入る仕事である。父の顔がわずかにるくなる。
「これなら職の残りのに届くかもしれん」
注文を見た美佐は息をのんだ。印刷する文章は、ただの営業のらせではなかった。
《当には、預のお支払いについて何らの配もございません》
その、美佐は支の庫係がを運ぶたび、空いた棚のほうを見ていたのだった。